2020年代の不確実性を乗り越える、新時代の資産形成術
2020年代初頭の金融市場は、投資家にとって前例のない挑戦を突きつけました。特に2022年には、インフレ抑制のために世界の中央銀行が急激な利上げに踏み切った結果、株式と債券が同時に下落するという異例の事態が発生しました。
これは、数十年にわたり資産運用の常識とされてきた分散投資の原則を根底から揺るがす出来事であり、多くの投資家がポートフォリオ戦略の再考を迫られました。
本稿は、基本的な投資の知識を習得し、次のステップへと進もうとしている日本の金融中級者を対象としています。
彼らは今、高インフレの不確実性、地政学的リスクの高まり、そして日米欧の金融政策の方向性の違いといった、複雑かつグローバルな投資環境に直面しています 。
このような状況下で、過去の成功体験だけに頼った資産運用はもはや通用しません。
本稿の目的は、海外の最先端の投資理論と、それを日本の投資家が実践するための具体的な手法との間に橋を架けることです。
ハリー・マーコウィッツの現代ポートフォリオ理論を基盤とし、海外で影響力を持つ3つの代表的なポートフォリオモデル(「60/40ポートフォリオ」、「オールウェザー・ポートフォリオ」、「イェール・モデル」)を詳細に分析します。
そして、これらのモデルを日本国内で、低コストの投資信託やETFを用いてどのように構築できるかを具体的に提示することで、不確実な時代を乗り越えるための強固で長期的な資産形成の指針を提供します。
ポートフォリオ理論の核心 — なぜ「何に投資するか」より「どう組み合わせるか」が重要なのか
現代ポートフォリオ理論(MPT)の誕生
資産運用の世界を根底から変えた概念は、1950年代にハリー・マーコウィッツによって提唱された現代ポートフォリオ理論(Modern Portfolio Theory, MPT)に遡ります 。
ノーベル経済学賞を受賞したこの理論の核心は、個別の金融資産のリターンやリスクだけを見るのではなく、ポートフォリオ全体の観点からリスクとリターンを最適化するという考え方にあります。
マーコウィッツが発見したのは、ポートフォリオ全体のリスク(価格変動の大きさ)は、構成する各資産のリスクだけでなく、それらの資産が互いにどのように値動きするか、すなわち「相関」に大きく依存するということでした 。
この発見により、投資の焦点は「どの銘柄を選ぶか」という個別銘柄選択から、「どの資産をどう組み合わせるか」というポートフォリオ構築へと移行しました。
数値化された分散投資の力
MPTは、「すべての卵を一つのかごに盛るな」という古くからの格言に、数学的な裏付けを与えました 。具体的には、値動きの相関が低い、あるいは負の相関を持つ資産(歴史的には株式と国債がその代表例)を組み合わせることで、期待リターンを大きく損なうことなく、ポートフォリオ全体のリスク(標準偏差)を低減できることを示しました 。
この理論の帰結として「効率的フロンティア」という概念が生まれます。これは、同じリスク水準で最大のリターンが期待できるポートフォリオの集合、あるいは同じリターン水準でリスクが最小となるポートフォリオの集合を結んだ曲線のことです。合理的な投資家は、この効率的フロンティア上に位置するポートフォリオを選択すべきであるとされます 。
現実世界におけるMPT:理論と実践の架け橋
MPTはその後の資産運用の基礎を築きましたが、その理論にはいくつかの前提条件と限界が存在します。第一に、MPTはすべての投資家が合理的に行動すると仮定していますが、行動ファイナンスの研究が示すように、現実の投資家は恐怖や強欲といった感情に左右され、非合理的な判断を下すことがあります 。
第二に、MPTは個別企業に起因するリスク(非システマティック・リスク)を分散によって低減できることを示しましたが、市場全体に影響を及ぼすシステマティック・リスク(金利変動や景気後退など)は分散では解消できないとされています 。
特に、2008年の金融危機や2022年の市場全体の同時下落のような、システム全体を揺るがすリスクに対しては、従来のMPTの枠組みだけでは十分に対応できないという批判も存在します 。
これらの限界点を踏まえると、MPTは万能の予測モデルや厳格な公式としてではなく、資産運用における羅針盤、すなわち基本的な指針として捉えるべきです。
MPTが提供する最も重要な教訓は、投機的な個別銘柄選択に頼るのではなく、規律ある分散に基づいたアセットアロケーションこそが長期的な資産形成の要であるという点です。
後述するオールウェザー・ポートフォリオやイェール・モデルといった先進的な戦略は、まさにこのMPTの基本原則を応用しつつ、その限界点(特にシステマティック・リスクへの対応)を克服しようとする現代的な試みと位置づけることができます。
伝統的モデルの再検証 —「60/40ポートフォリオ」の死と再生
バランス型投資の礎
長年にわたり、個人投資家から機関投資家まで、幅広い層の資産配分の基本とされてきたのが「60/40ポートフォリオ」です。これは、ポートフォリオの60%を成長を担う株式に、残りの40%を安定性を担う債券に配分する戦略です。
この戦略の根底にあるのは、好景気で株価が上昇する局面では債券価格が安定し、不景気で株価が下落する局面では安全資産とされる国債に資金が流入して価格が上昇するという、株式と債券の歴史的な負の相関関係です 。
この仕組みにより、ポートフォリオ全体の値動きが平準化され、リスク調整後のリターンが向上することが期待されます。事実、1980年以降の44年間で37年はプラスのリターンを生み出すなど、その有効性は長きにわたり証明されてきました 。
2022年の「パーフェクト・ストーム」
しかし、この伝統的モデルは2022年に深刻な試練に直面しました。40年ぶりとも言われる歴史的な高インフレに対抗するため、米国連邦準備制度理事会(FRB)をはじめとする世界の中央銀行が、異例の速さで大幅な利上げを実施しました 。
金利の上昇は債券価格の直接的な下落要因となります。同時に、急激な金融引き締めは景気後退懸念を呼び、株式市場にも強い下押し圧力となりました。
その結果、株式と債券が同時に大きく下落するという、60/40ポートフォリオの前提を覆す事態が発生し、この戦略は金融危機以来、あるいは1937年以来とも言われる最悪のパフォーマンスを記録しました 。
これにより、多くの市場関係者から「60/40ポートフォリオは死んだ」との声が上がりました。
復活と新たな展望
「死んだ」とまで言われた60/40ポートフォリオですが、その後の展開は市場の予測を裏切るものでした。インフレのピークアウトが見え始めると、市場は将来の利下げを織り込み始め、2023年には株式市場が急反発。
債券も安定を取り戻し、60/40ポートフォリオは年間で+17.2%という力強い回復を遂げました。2024年に入ってもその堅調さは続き、債券が再び株式下落時のクッション(バッファー)として機能する場面も見られるようになりました 。
2024年以降の展望が改善した背景には、金利環境の変化があります。利上げサイクルが終了し、債券の利回りが数年前より高い水準で安定したことで、債券は魅力的なインカム収入の源泉となると同時に、将来的な景気後退局面で利下げが行われた際には価格が上昇し、株式の損失を相殺する「守り」の役割を再び果たせるとの期待が高まっています 。
この一連の出来事が示す重要な教訓は、60/40ポートフォリオの有効性が絶対的なものではなく、マクロ経済の「レジーム(体制)」に依存するということです。
株式と債券の相関関係は不変の自然法則ではなく、特にインフレと金融政策の動向によって大きく変化します 1。2022年の出来事は、高インフレと急激な利上げという特殊なレジーム下で、一時的にポートフォリオの前提が崩れた結果でした。
したがって、60/40ポートフォリオは「時代遅れの戦略」として捨てるべきものではなく、あらゆるポートフォリオ戦略の有効性を測るためのシンプルかつ強力な「ベンチマーク(基準点)」として捉え直すのが適切です 。
この理解は、より多様な経済環境に対応するために設計された、次世代のポートフォリオモデルへと目を向けるための出発点となります。
全天候型戦略 — あらゆる経済局面を乗り切るレイ・ダリオの「オールウェザー・ポートフォリオ」
予測から準備へ:オールウェザーの哲学
世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツを率いるレイ・ダリオが提唱する「オールウェザー・ポートフォリオ」は、従来のポートフォリオ理論とは一線を画す哲学に基づいています。
その核心は、「未来の経済環境を正確に予測することは不可能である」という前提に立ち、予測に頼るのではなく、どのような経済環境が訪れても大きな損失を避け、安定的に機能するポートフォリオを「準備」しておく、という考え方です 。
4つの経済シーズン
ダリオは、資産価格を動かす根源的なドライバーは「経済成長」と「インフレ」の2つであり、それぞれの動向が市場の「期待」を上回るか下回るかによって、4つの主要な経済環境(シーズン)が生まれると考えました 。
- 期待を上回る経済成長
- 期待を下回る経済成長(景気後退)
- 期待を上回るインフレ
- 期待を下回るインフレ(デフレ)
オールウェザー戦略は、これら4つのどのシーズンにおいても、それぞれ強みを発揮する資産をバランス良く組み込むことで、ポートフォリオ全体のリターンを安定させることを目指します。

オールウェザーの資産配分
この哲学を個人投資家向けに簡素化したものが、トニー・ロビンスの著書などを通じて広く知られるようになった以下の資産配分です 。
- 株式:30%
- 長期国債:40%
- 中期国債:15%
- 金(ゴールド):7.5%
- コモディティ(商品):7.5%
この配分の特徴は、株式の比率が30%と比較的低く、債券が合計で55%と過半を占める点です。これは、単なる資金の配分(キャピタル・アロケーション)ではなく、各資産のリスク量を均等に近づける「リスク・パリティ」という考え方に基づいています。
価格変動の激しい株式の比率を抑え、相対的に値動きの緩やかな債券の比率を高めることで、株式市場の暴落がポートフォリオ全体に与える影響を抑制する狙いがあります 。金とコモディティは、主にインフレヘッジとしての役割を担います 19。
パフォーマンスとストレステスト分析
歴史的に、オールウェザー・ポートフォリオは株式中心のポートフォリオと比較して、ボラティリティ(価格変動率)が低く、最大下落率(ドローダウン)が小さいという特徴を示してきました。
1984年から2013年までの期間における最悪の年間損失はわずか-3.9%だったと報告されています 。
しかし、この戦略も万能ではありません。2022年のインフレショックと急激な利上げ局面では、ポートフォリオの大部分を占める長期債と中期債が歴史的な下落に見舞われたため、オールウェザー・ポートフォリオも約-15%から-20%という大きなドローダウンを経験しました 。
ただし、同期間の株式のみのポートフォリオの下落率がさらに大きかったことを踏まえれば、一定の防御機能は果たしたと評価できます 。
この2022年の経験は、オールウェザー・ポートフォリオを理解する上で極めて重要な示唆を与えます。この戦略は、S&P 500のような株式インデックスを上回るリターンを追求するものではありません。
その真価は、市場の嵐を乗り切り、資産価値の大きな毀損を防ぐ「富の保全」にあります。したがって、このモデルは、高いリターンよりも安定性を重視する投資家や、退職期が近く資産を取り崩していく段階にある投資家にとって、特に有効な選択肢となり得ます。
「オールウェザー(全天候型)」とは、雨が降らないことを意味するのではなく、嵐の中でも船が沈まないように設計されている、と理解することが肝要です。
機関投資家の叡智を個人に — デビッド・スウェンセンの「イェール・モデル」
エール大学基金の哲学を個人投資家へ
イェール大学の基金(エンダウメント)を30年以上にわたり運用し、世界トップクラスの運用成績を収めた故デビッド・スウェンセン。彼が実践した投資哲学は「イェール・モデル」として知られ、機関投資家の資産運用に革命をもたらしました。
スウェンセンは、従来の株式と債券を中心とした60/40ポートフォリオから脱却し、不動産やインフレ連動債など、より幅広い資産クラスを組み入れることで、リスクを抑制しながら高いリターンを目指すというアプローチを確立しました 27。その哲学を個人投資家向けに応用したものが、ここで紹介するポートフォリオです。
個人投資家向けスウェンセン・モデルの資産配分
スウェンセンが個人投資家向けに推奨する資産配分は、以下の6つの資産クラスで構成されます 。
- 米国株式:30%
- 先進国株式(米国除く):15%
- 新興国株式:5%
- 米国中期国債:15%
- 物価連動国債(TIPS):15%
- 不動産投資信託(REIT):20%
各資産クラスの役割
このポートフォリオは、各資産が明確な役割を担うよう、緻密に設計されています。
- 株式(合計50%): ポートフォリオの成長エンジンです。米国だけでなく、先進国、新興国にも分散投資することで、世界経済の成長を多角的に捉えます。
- 米国中期国債(15%): 純粋なディフェンシブ(守備的)資産です。スウェンセンは、社債は危機時に株式と同様の値動きをする傾向があり、追加リスクに見合うリターンを提供しないとして、安全性の高い米国財務省証券を明確に推奨しています。
- 物価連動国債(TIPS)(15%): インフレに対する直接的なヘッジ手段です。TIPSは元本が消費者物価指数(CPI)に連動して増減するため、インフレが高進する局面で資産の実質的な価値を守る役割を果たします。
- 不動産投資信託(REIT)(20%): 極めて重要な分散効果をもたらす資産です。不動産市場は株式や債券とは異なる経済サイクルで動く傾向があり、インフレヘッジとして機能するほか、分配金による安定したインカム収入も期待できます。
パフォーマンスと分析
このモデルは長期的に良好なパフォーマンスが期待される一方、バックテストでは市場危機において大きなボラティリティとドローダウンを記録することも示されています 。
実際、株式、債券、REITが軒並み下落した2022年の市場では、このモデルも約-16%から-18%という大きな損失を被りました 。
この事実は、高度に分散されたポートフォリオであっても、市場全体を巻き込むシステマティックなショックから完全に逃れることはできないことを示しています。
オールウェザー・ポートフォリオが債券比率を高めて防御を固める「守備的」な戦略であるのに対し、スウェンセン・モデルは本質的に「攻撃的」な分散戦略と位置づけられます。株式とREITを合わせた比率は70%に達し、成長資産および実物資産への傾斜が顕著です。
ここでの分散は、単に安全性を高めるためだけではなく、相関の低い複数の成長エンジン(米国株、国際株、不動産)やインフレヘッジ(TIPS、不動産)を組み合わせることで、多様な経済環境下でリターン獲得の機会を追求することを目的としています 。
したがって、このモデルは、伝統的な60/40ポートフォリオよりも洗練された成長志向のポートフォリオを構築したい、リスク許容度が高く、長期的な視点を持つ投資家に適した戦略と言えるでしょう。
日本の投資家が避けて通れない3つの重要課題
海外の優れたポートフォリオモデルを日本で実践する際、日本の投資家は特有の3つの課題、すなわち「為替リスク」「為替ヘッジのコスト」「税金」に直面します。これらを理解し、適切に対処することが、海外投資の成否を分ける鍵となります。
1. 為替リスクの完全解剖
海外資産に投資する場合、最終的な円建てのリターンは、「投資対象資産の現地通貨建てのパフォーマンス」と「為替レートの変動」という2つの要素の組み合わせで決まります。
近年の急激な円安の主な要因は、超低金利政策を続ける日本銀行と、インフレ抑制のために利上げを進めてきた米国連邦準備制度理事会(FRB)との間の「金融政策の方向性の違い」にあります。この金利差が、円を売ってドルを買う動きを加速させました。
為替変動がリターンに与える影響を、具体的な数値例で見てみましょう。
- 1ドル=150円の時に、100万円で米国の株式ファンドに投資したとします。この投資額は、1,000,000万円÷150 = 6,667$ドルに相当します。
- 1年後、この株式ファンドがドル建てで10%上昇したとします。資産価値は、$6,667×1.10 = 7,334$ドルになります。
- この時の為替レートによって、円建ての評価額は大きく変わります。
- シナリオA(円安進行): 1ドル=160円になった場合円建て評価額は、7,334×160=1,173,440円。当初の100万円に対し、円建てリターンは+17.3%となります。
- シナリオB(円高進行): 1ドル=140円になった場合円建て評価額は、7,334×140=1,026,760円。円建てリターンはわずか+2.7%に留まります。
このように、海外資産への投資においては、円安がリターンを押し上げ、円高がリターンを蝕む要因となります 。
2. 為替ヘッジの功罪
為替変動リスクを回避するための手法が「為替ヘッジ」です。「為替ヘッジあり」の投資信託は、為替予約などの金融取引を利用して、将来の交換レートをあらかじめ固定することで、為替変動の影響を極力なくすことを目指します。
しかし、このヘッジにはコストがかかります。ヘッジコストは、主に2国間の短期金利差によって決まります 。
現在の日本のように政策金利が極めて低い国から、米国のように金利が高い国の資産に投資して為替ヘッジを行う場合、投資家は実質的に「日本の低金利で円を借り、米国の高金利でドルを貸し出す」取引の逆を行うことになり、その金利差がコストとして発生します 。
この金利差が拡大している現状では、為替ヘッジコストは非常に高くなっており、リターンを直接的に圧迫する要因となります 。
為替ヘッジは円高に対する保険となりますが、その保険料(ヘッジコスト)が非常に高額になっている状態です。投資家は、年間のヘッジコストを上回るほどの急激な円高が進行すると確信できない限り、特に長期投資においては、ヘッジコストがリターンを大きく損なう可能性を認識する必要があります。
多くの長期投資家にとって、為替の変動は受け入れるべきリスクの一部と割り切り、ヘッジなしで投資する方が合理的な選択となる場合があります。
3. 税効率の最大化:「外国税額控除」活用術
日本の居住者が米国の株式やETFから配当金を受け取る際、税金が二重に課される問題が生じます。まず、日米租税条約に基づき、米国で10%の税金が源泉徴収されます。その後、残りの金額に対して、日本国内で所得税・住民税(合計20.315%)が課税されます 。
この国際的な二重課税を解消するための制度が「外国税額控除」です。確定申告を行うことで、外国(この場合は米国)で支払った税額を、日本で納めるべき所得税額から差し引く(控除する)ことができます 。
ここで最も重要な点は、普段、確定申告が不要な「特定口座(源泉徴収あり)」を利用している投資家も、この控除を受けるためには自ら確定申告を行う必要があるということです 。何もしなければ、米国で徴収された10%の税金は戻ってこず、二重課税の状態が解消されません。
確定申告に必要な「外国所得税額」や「国外所得の総額」といった情報は、証券会社から年に一度交付される「特定口座年間取引報告書」に記載されています。この書類を用いて手続きを行うことで、払い過ぎた税金の還付を受けることが可能になります 43。
実践編:低コスト投信で組む、あなたのモデルポートフォリオ
理論と課題を理解した上で、次はいよいよ実践です。日本国内で容易に購入できる、低コストかつ分散の効いたインデックスファンドを活用し、前述の3つのモデルポートフォリオを構築する具体的な方法を提案します。
ここでは、業界最低水準の運用コストを目指す方針で投資家から高い支持を得ている「eMAXIS Slimシリーズ」を主軸に、必要に応じて国内上場のETFを組み合わせます 。
表1:現代版60/40ポートフォリオの構築例
伝統的な60/40モデルを、よりグローバルな視点で現代的にアップデートした構成です。株式部分を単一国の指数ではなく、全世界株式に置き換えることで、地理的な分散を強化します。
| 資産クラス | 配分比率 | 推奨ファンド/ETF | 選定理由 |
| 全世界株式 | 60% | eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー) | 1本で日本を含む先進国・新興国約50カ国の株式市場に分散投資が可能。究極のシンプルさと網羅性を両立 。 |
| 先進国債券(為替ヘッジあり) | 40% | eMAXIS Slim 先進国債券インデックス | 債券はポートフォリオの安定化装置としての役割を重視。為替リスクを排除したヘッジありを選択することで、その役割に徹させる。 |
表2:オールウェザー・ポートフォリオの構築例
このモデルは、異なる年限の国債やコモディティを含むため、複数のETFを組み合わせる必要があります。投資信託のみでの再現は難しく、中級者以上向けのやや複雑な構成となります。
| 資産クラス | 配分比率 | 推奨ファンド/ETF | 選定理由 |
| 全世界株式 | 30% | eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー) | グローバルな株式エクスポージャーを確保。 |
| 米国長期国債 | 40% | iシェアーズ 米国債20年超 ETF(為替ヘッジなし)(銘柄コード: 2621) | モデルの核となる長期デュレーションの米国債に直接投資。為替ヘッジは行わず、円安の恩恵も享受する。 |
| 米国中期国債 | 15% | iシェアーズ 米国債7-10年 ETF(為替ヘッジなし)(銘柄コード: 1656) | モデルの中期デュレーション部分を担う。 |
| 金(ゴールド) | 7.5% | SPDR ゴールド・シェア(銘柄コード: 1326)または 純金上場信託(銘柄コード: 1540) | インフレヘッジ資産である金へのエクスポージャーを確保するための、東証上場の代表的なETF。 |
| コモディティ | 7.5% | iシェアーズ 米国総合商品指数 ETF(銘柄コード: 1684) | 多様な商品(エネルギー、金属、農産物など)バスケットに連動し、インフレヘッジ機能を担う。 |
表3:イェール・モデル(個人投資家版)の構築例
6つの資産クラスから成るこのモデルは、eMAXIS Slimシリーズの豊富なラインナップを活用することで、比較的忠実に再現することが可能です。
| 資産クラス | 配分比率 | 推奨ファンド/ETF | 選定理由 |
| 米国株式 | 30% | eMAXIS Slim 米国株式(S&P500) | 米国を代表する500社に投資する、モデルの成長の中核 。 |
| 先進国株式(除く日本) | 15% | eMAXIS Slim 先進国株式インデックス | 米国以外の欧州や豪州など、先進国市場への分散を担う 。 |
| 新興国株式 | 5% | eMAXIS Slim 新興国株式インデックス | 中国、インド、台湾など、将来の高い成長性が期待される新興国市場へのエクスポージャーを確保 。 |
| 国内債券 | 15% | eMAXIS Slim 国内債券インデックス | スウェンセン・モデルの米国中期国債の代替。為替リスクがなく、株式との負の相関が期待できる安全資産。 |
| 物価連動国債 | 15% | iシェアーズ 米国物価連動国債 ETF(為替ヘッジなし)(銘柄コード: 1677) | モデルのTIPS部分を直接的に担うETF。インフレに対する強力なヘッジとなる。 |
| 不動産(REIT) | 20% | eMAXIS Slim 国内リートインデックス(10%) + eMAXIS Slim 先進国リートインデックス(10%) | REIT部分を国内と先進国に半分ずつ配分することで、地理的な分散をさらに高める。 |
長期的な成功への道筋 — 自分だけの最適解を求めて
本稿では、現代ポートフォリオ理論の基礎から、海外で影響力を持つ3つの先進的なポートフォリオモデル、そしてそれらを日本で実践するための具体的な手法までを網羅的に解説しました。それぞれのモデルは、異なる哲学と特性を持っています。
- 現代版60/40ポートフォリオ: シンプルさとバランスを両立した、すべての基本となる効果的なベンチマーク。
- オールウェザー・ポートフォリオ: 防御的で低ボラティリティ。リターンの最大化よりも富の保全を最優先する投資家向け。
- イェール・モデル: 成長志向で高度に分散。長期的な視点を持ち、より洗練されたポートフォリオを目指す投資家向け。
完璧なポートフォリオというものは存在しません。市場は常に変動し、どの戦略にも得意な局面と不得意な局面があります。投資における最終的な成功の鍵は、自身の財務目標、リスク許容度、そして投資哲学に合致し、市場の浮き沈みのなかでも長期にわたって堅持できる戦略を見つけ出すことです。
また、一度ポートフォリオを構築したら、それで終わりではありません。市場の変動によって崩れた資産配分比率を、定期的に(例えば年に一度)当初の目標比率に戻す「リバランス」を実践することが、長期的なリスク管理とリターンの安定化に不可欠です。
本稿が提供したのは、唯一の「正解」ではありません。むしろ、金融中級者である読者が、不確実な未来に対して自分自身の頭で考え、情報に基づいた意思決定を下すための理論的知識、分析的視点、そして実践的ツールです。
ここに示された知見を活用し、自身の長期的な資産形成という航海に向けた、最適な羅針盤を構築されることを期待します。

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