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2025年:なぜリカーズの「金」が再注目されるのか
2025年、新訳版が発売
2025年6月、ジェームズ・リカーズ氏の著書が新訳されました。
『新しい金のケース』(The New Case for Gold)です。
この復刻のタイミングは、偶然ではありません。
現在の不安定なマクロ経済環境と、奇しくも一致しています。
4,000ドルを超える金価格
2025年現在、金融市場は一連のパラドックスに直面しています。
金価格は2024年から2025年にかけて歴史的な高騰を遂げました。
一部の市場では、1オンス4,000ドルを超える水準に達しています。
これは、単なるインフレ懸念だけでは説明がつきません。
深刻な経済的・政治的不安定性への不安を反映しています。
伝統的な相関関係の崩壊
さらに深刻なのは、伝統的な資産間の相関関係の崩壊です。
金価格と米国株式市場(S&P 500など)が同時に上昇する現象が観測されています。
ある分析によれば、この現象は「金融システムの安定性に対する根本的な見直し」が市場で進行していることを示唆しています。
高騰の主因は「不確実性」
Tufts大学の研究が、この2024年からの金価格高騰の要因を分析しました。
その結果は、衝撃的なものでした。
高騰の最大の要因は、インフレ期待(寄与度6%)ではありませんでした。
「世界的な経済・政策の不確実性」(寄与度47%)だったのです。
本レポートの目的
このような環境下で、2016年に法定通貨システムの脆弱性を警告したリカーズ氏の著作が、再注目されています。
本レポートの目的は、リカーズ氏の主張を客観的に分析することです。
彼の理論が「先見の明」だったのか。
それとも「終末論者の誤謬」だったのか。
本書の核心的主張、それに対する批判、そして現代経済への適合性を徹底的に検証します。
著者ジェームズ・リカーズとは何者か?
「内部の人間」としての経歴
リカーズ氏の主張の説得力、あるいはその特異性は、彼の経歴に深く根差しています。
彼は単なる外部の評論家ではありません。
世界金融システムのまさに中枢で活動してきた「内部の人間」です。
LTCM救済の交渉担当者
リカーズ氏は、1998年に世界金融システムを崩壊の瀬戸際に立たせた巨大ヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の法律顧問でした。
彼は、連邦準備制度(FRB)が主導した救済交渉において、主要な交渉担当者を務めたのです。
「複雑系」とリスクモデルの限界
このLTCMでの経験が、彼のリスク観の核心を形成しています。
LTCMの破綻は、完璧なはずの数学的リスクモデルの無力さを示しました。
主流派経済学が多用するVaR(Value at Risk)モデル 10 の欠陥を、彼は実体験として学びました。
VaRは、「テールリスク」(発生確率は低いが破滅的な結果をもたらすリスク)や、システム内の相互作用が非線形的にリスクを増幅させる「複雑系」のダイナミクスを根本的に見落としています。
デリバティブは「リスクを濃縮する」
主流派の経済学者が、デリバティブ(金融派生商品)を「リスク分散」を高めるものと理論化します。
一方、リカーズ氏はLTCMの現場で、デリバティブが実際には「リスクを隠蔽・濃縮する」様を目の当たりにしました。
10億ドルのスワップが、100億ドルのリスクを生むような世界です。
金融システムは「本質的に不安定」
この経験から、彼にとって現代の金融システムは「安定」を前提とするものではありません。
「本質的に不安定」であり、常に次の崩壊への瀬戸際にあるという認識が形成されました。
彼が金(ゴールド)に傾倒するのは、この「複雑なシステムの必然的な崩壊」に対する、唯一の「単純な」対抗策という論理に基づいています。
国防総省・情報機関へのアドバイザー
リカーズ氏のもう一つの重要な側面は、彼が国防総省(ペンタゴン)や米国の情報コミュニティに対し、長年アドバイザーを務めてきた経歴です 。
彼は、国際資本市場や金融上の脅威(Threat Finance)について助言してきました 。
ペンタゴンが史上初めて実施した「金融戦争ゲーム」のファシリテーターを務めたとも主張しています 6。
金融を「兵器」として見る視点
この経歴は、彼が金融市場を純粋な経済学の対象としてではなく、「地政学」と「国家安全保障」のレンズを通して分析していることを意味します。
彼の著書『通貨戦争』(2011年)や本書に見られるように、彼にとって金、米ドル、あるいは金融制裁は、経済指標であると同時に、国家が使用する「兵器」に他なりません。

『新しい金のケース』核心的な5つの主張
本書は、金に関する主流派の通説や「プロパガンダ」を体系的に反駁し、金が21世紀において不可欠な役割を持つことを論証するものです。
主張1:金は「通貨」であり「コモディティ」ではない
リカーズ氏は、金(ゴールド)の定義から議論を始めます。
彼は、金は他のコモディティ(例:石油、銅)とは根本的に異なると主張します。
コモディティは工業プロセスや消費によって「使い果たされる」が、金はそうではありません。
金は究極の「マネー」
金が持つ物理的特性(希少性、耐久性、均一性、可分性)により、数千年の歴史を通じて「通貨」としての役割を果たしてきたと定義します。
彼はさらに踏み込み、金は「投資」ですらなく、本質的にリスクのない「マネー(通貨)」そのものであると主張します。
株式や債券のような「リスク資産」とは異なります。
金は誰の負債でもない(=カウンターパーティ・リスクがない)究極の資産であると位置づけているのです。
主張2:法定通貨システムは本質的に不安定
リカーズ氏は、1971年のニクソン・ショック以降続く、米ドルを基軸とする世界の法定通貨(Fiat Currency)システムを、本質的に不安定で崩壊しやすいものとして厳しく批判します 。
中央銀行の裁量的な金融政策、特に『通貨戦争』で詳述したような通貨切り下げ競争。
LTCM 12 や2008年の金融危機を引き起こしたシステミック・リスク。
これら全てが、法定通貨に対する長期的な信認を決定的に蝕んでいると主張します。
彼は、現在の国際通貨システムが、修復不可能な内部的矛盾により、最終的な崩壊に向かっていると予測しているのです。
主張3:デジタルマネーとサイバー金融戦争の脅威
本書の議論が「古い金のケース」と一線を画し、「新しい(New)」ケースたる所以の核心が、このデジタル資産への警告です。
リカーズ氏は、現代人が資産と見なしている銀行預金、株式、債券、ETFなどの「デジタルマネー」は、物理的世界から逃れられないと指摘します。
ハッキングされ、消去される「資産」
それらの「資産」の実態は、シリコン(Si)チップ上に記録された電荷粒子に過ぎません。
「ハッキングされ、消去される」可能性があるのです。
彼はその実例として、バングラデシュ中央銀行がニューヨーク連邦準備銀行の口座から1億ドル以上をサイバー攻撃によって盗まれた事件を挙げます。
世界で最も安全とされるFRBのシステムでさえ、デジタル資産の脆弱性を露呈したと強調します。
シリコン(Si) vs 金(Au)
対照的に、金(Au)の原子(原子番号79)は物理的に安定しています。
「中国やロシアのサイバー旅団によって(デジタル的に)消去することはできない」主張します。
彼が「サイバー金融戦争」が現実の脅威となっている現代において、物理的な金こそが究極の安全資産であると結論づけます。
主張4:金は「保険」である
上記の主張(通貨崩壊、システミック・リスク、サイバー攻撃)に基づき、リカーズ氏は金を「投資」ではなく「保険」として位置づけます。
この保険は、経済が直面する二つの相反する脅威、すなわちインフレーションとデフレーションの双方に対して有効であると主張します 。
インフレとデフレへの対応
- インフレ時:中央銀行が通貨を増刷し、通貨の購買力が低下する際、金の価格(通貨建て)が上昇することで、実質的な価値を保全します 14。
- デフレ時:深刻なデフレ(大恐慌など)では、他のすべての資産価格(株式、不動産)が暴落します。この状況下で、金は(名目価格が下落したとしても)他の資産に対する相対的な購買力を劇的に高めます。また、中央銀行は最終的にデフレを止めるため、通貨を金に対して切り下げる(金の価格を引き上げる)というリフレ政策(1933年の例 )を取らざるを得なくなります 24。結果的に金の価値が再評価されます。
主張5:「影のゴールド・スタンダード」と大国の金蓄積
リカーズ氏は、世界はすでに非公式な「影のゴールド・スタンダード(Shadow Gold Standard)」に移行しつつあると指摘します。
各国の中央銀行、特に米ドル覇権への対抗戦略をとる中国とロシアは、自国の通貨リスクへのヘッジとして、公然と、あるいは秘密裏に、金準備を急速に積み増しています。
一方で、米国、ユーロ圏(特にドイツ、フランス、イタリア)、そしてIMF自身が、依然として世界の公式金準備の大半を保有し続けています。
この事実は、各国の中央銀行が公には「金は過去の遺物だ」としながらも、水面下では金こそが最終的な通貨の信認の担保であると理解している証拠です。
次の国際通貨システムのリセットに備えている動きであるとリカーズ氏は分析します。

リカーズ氏による「6つの反金プロパガンダ」への体系的論破
リカーズ氏は、主流派経済学者や金融コメンテーターが金に対して抱く、6つの主要な批判や誤解(彼が「プロパガンダ」と呼ぶもの)を特定し、一つずつ反論しています。
批判1:「金は『野蛮な遺物』である」(ケインズの引用)
- 主流派の批判:ジョン・メイナード・ケインズは金を「野蛮な遺物」と呼んだ。
- リカーズ氏の反論:これはケインズの言葉の最も悪名高い誤用であると指摘します 。ケインズが1924年の著作で「野蛮な遺物」と呼んだのは、「金そのもの」ではありませんでした 。第一次大戦後の混乱下で、誤った交換レートで復帰しようとした当時の「金本位制の運用方法」を指したものでした 。
批判2:「金融と商業を支えるには金が不足している」
- 主流派の批判:金の総量は、現代の巨大な経済を支えるには少なすぎる。
- リカーズ氏の反論:この議論は「現在の(低い)価格では不足している」と言っているに過ぎず、論理的に無意味であると一蹴します 。金本位制下では、金の「量」ではなく金の「価格」が調整弁となります。もし金本位制に復帰する場合、深刻なデフレを引き起こさないためには、金価格は1オンスあたり$10,000から$50,000の範囲で再設定される必要があると、彼は試算しています 。
批判3:「金の供給量は世界の成長を支えるほど速く増加しない」
- 主流派の批判:金の採掘量は、経済成長のスピードに追いつかない。
- リカーズ氏の反論:この批判は「公式準備金」(政府保有分)と「民間保有金」(宝飾品など)を混同しています。公式準備金は、世界の金総在庫の約20%に過ぎません。政府は必要に応じて、市場価格で民間から金を買い上げる(あるいは私有を禁止する)ことで、公式準備金を増やすことが可能です。
批判4:「金が大恐慌を引き起こした」
- 主流派の批判:金本位制の硬直性が、大恐慌のデフレを悪化させた。
- リカーズ氏の反論:大恐慌の原因は金本位制そのものではなく、1927年から1931年にかけてのFRBによる不適切な金融引き締め政策、すなわち「裁量的金融政策の失敗」であったと主張します。この点において、彼は皮肉にもミルトン・フリードマンやベン・バーナンキといった主流派の金融史研究の結果と一致する見解を示しています。
批判5:「金は利息(イールド)を生まない」
- 主流派の批判:金を持っていても、利息や配当を一切生まない。
- リカーズ氏の反論:「その通りだ。そして、それこそが金の最大の強みだ」と彼は主張します。金はリスク資産(株式や債券)ではありません。金は「通貨」そのものであり、本質的にリスクがない(カウンターパーティ・リスクがゼロ)ため、イールドもゼロであるべきだと定義します。100ドル紙幣(あるいはビットコイン)が利息を生まないのと全く同じ論理です。
批判6:「金には内在的価値がない」
- 主流派の批判:金の価値は、人々が信じているという「幻想」に過ぎない。
- リカーズ氏の反論:この批判は、デヴィッド・リカードやカール・マルクスに由来する「労働価値説」(価値は生産コストで決まる)の誤った適用であると指摘します。金の価値は、その希少性や耐久性といった物理的特性と、何千年にもわたって人類が「これは通貨である」と合意してきた社会的コンセンサス(リンディ効果)に基づいているのです。
批判的分析:リカーズ理論の限界と主流派の反論
リカーズ氏の主張は、特にシステミック・リスクを経験した者にとっては説得力を持つ一方で、主流派の金融専門家や経済学者からは深刻な批判にさらされています。
彼の理論を客観的に評価するためには、これらの批判的見解の検討が不可欠です。
リカーズ氏の非主流派的見解と、主流派経済学の標準的見解との間の根本的な対立点は、以下の【表1】のように整理できます。
【表1:主要論点におけるリカーズ氏と主流派経済学の比較】
| 論点 | ジェームズ・リカーズ氏の主張 | 主流派経済学の標準的見解 |
| 金の定義 | リスクのない「通貨」である。究極の価値保存手段。 | 「コモディティ」である。利息を生まない投機的資産の一つ。 |
| 法定通貨 (Fiat) | 中央銀行の裁量に依存し、本質的に不安定。長期的には崩壊する運命にある。 | 「柔軟性」が最大の利点。経済状況に応じてマネーサプライを調整できる優れたシステム。 |
| 利回り (Yield) | 金は「通貨」であり、リスクがないため利回りはゼロであるべき。これは欠点ではなく、強み。 | 利息や配当を生まない(機会費用)ことは、長期保有における明確な「欠点」である 。 |
| システミック・リスク | 複雑系(デリバティブ、デジタル資産)により、金融システムは常に崩壊の危機に瀕している。 | リスクは存在するが、規制(ドッド・フランク法等)や中央銀行の流動性供給によって「管理可能」である。 |
| 金本位制 | 適切に価格設定(例:$10,000/oz) されれば、通貨の信認を回復し、システムを安定させる現代的な解決策となり得る 。 | 経済の柔軟性を奪い、デフレを悪化させる、硬直的で「野蛮な」過去の制度である 。 |
【H3】バリー・リソルツ氏による現実主義的な批判
著名な金融コメンテーターであり、リカーズ氏と直接討論も行っているバリー・リソルツ(Barry Ritholtz)氏 は、リカーズ氏の主張に対して現実主義的な批判を展開しています。
リソルツ氏の核心的な批判は、「予言のタイミングが、ことごとく外れてい」という点にあります 。
【H3】「古い金のケース」の破綻
リソルツ氏によれば、「古い金のケース(The old case for gold)」、すなわち「ドルの暴落、ハイパーインフレ、FRBによる経済破綻」という予言は、2010年代には全く実現しませんでした 。
リカーズ氏は『通貨戦争』(2011年) や『マネーの終焉』(2014年) など、一貫して「間近に迫った崩壊」を警告し続けてきました。
しかし、2010年代は、FRBによる大規模な量的緩和(QE)にもかかわらず、ハイパーインフレは起こりませんでした 。
ドルはむしろ強含みで推移し、米国株式市場は歴史的な長期強気相場を経験しました。
リソルツ氏は、『The New Case for Gold(新しい金のケース)』(2016年) は、この「古いケース」の予言が破綻したために、後付けで必要になったものだと指摘しています 。
この「予言のタイミング」に関する問題は、リカーズ氏の議論の信頼性を評価する上で最大の論点の一つです。
主流派経済学による法定通貨システムの擁護
主流派経済学の観点からは、リカーズ氏が「不安定性の源泉」とみなす法定通貨システムこそが、現代経済の「安定装置」であると評価されています 。
フィラデルフィア連銀やペンシルベニア大学の研究によれば、金本位制の硬直性こそが経済の柔軟性を奪うものです。
法定通貨システムは、中央銀行に「経済の安定と厚生を維持するための介入(マネーサプライの調整)」を可能にする、より優れた柔軟性を与えていると結論付けられています 。
景気後退期に金融緩和を通じて経済を下支えできるのは、法定通貨システムだからこそ可能であり、これは金本位制にはない明確な利点です。
金のボラティリティと非生産性
リカーズ氏は金を「リスクのない通貨」と定義します。
しかし、市場データはこれと矛盾する側面を示しています。
金はイールドを生まない(非生産的) だけでなく、それ自体が株式や他のコモディティと同様に、あるいはそれ以上に高いボラティリティ(価格変動リスク)を持つ資産です 。
例えば、ある年のデータでは、金価格は2010年に30.6%上昇した後、2013年には27.6%下落しています 。
この激しい価格変動は、金が「安定した価値の保存尺度」であるというリカーズ氏の定義とは裏腹に、極めて投機的な資産としての側面を強く持つことを示しています。
2025年の再検証:リカーズ理論は「先見の明」か?
2016年に出版されたリカーズ氏の主張は、2025年の厳しい現実によってどのように評価されるべきでしょうか。
彼が警告したリスクは、バリー・リソルツ氏が指摘したように「時期尚早」だったのか、それとも単に「間違って」いたのでしょうか。
検証1:地政学リスクと「脱ドル化」の現実
- リカーズ氏の2016年の主張:中国とロシアが、米ドル覇権に対抗するための地政学的戦略として、金準備を増強している。
- 2025年の現実:2022年のウクライナ侵攻に対する西側諸国の対抗措置として、ロシア中央銀行が保有する外貨準備(ドル・ユーロ)が凍結されました。
- 分析:リカーズ氏が『通貨戦争』以来警告してきた「ドル(法定通貨)の兵器化」が、白日の下に現実のものとなりました。これにより、BRICS諸国を筆頭とするグローバル・サウス(新興・途上国)は、米国の金融制裁を回避できる「凍結不可能な資産(Unfreezable Asset)」として、金の準備を公然と、かつ急速に加速させています。この点において、リカーズ氏の2016年の地政学的分析は、2025年現在、極めて先見性があったと評価できます 。
検証2:2024-2025年の金価格高騰の要因
- リカーズ氏の2016年の主張:金価格は金融システムの不安定性 とインフレ によって上昇する。
- 2025年の現実:2024年から2025年にかけての金価格高騰は、高金利環境下(伝統的なモデルでは金利が上昇すれば、金利を生まない金の価格は下落するはず)で発生しており、伝統的なモデルを裏切るものでした。
- 分析:この高騰は、前述のTufts大学の分析が示すように、インフレ期待(寄与度6%)ではなく、「世界的な経済・政策の不確実性」(寄与度47%)が主導しています。エコノミストのマイケル・ハドソン氏も、中央銀行による地政学的動機(制裁リスク回避)に基づく購入が価格を牽引していると指摘しています。これは、リカーズ氏が「古いケース」(インフレヘッジ) ではなく「新しいケース」(システミックな不安定性、地政学リスク)として提示した独自のロジックと、2025年の現実は強く合致しています。
検証3:デジタル資産の脆弱性(CBDCとAI)
- リカーズ氏の2016年の主張:デジタル資産はサイバー攻撃に脆弱である。また、「キャッシュレス社会」 への動きは、政府によるマイナス金利の強制や資産管理の強化を容易にする。
- 2025年の現実:2016年当時よりも、各国政府は中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入を強力に推進しています。これはリカーズ氏が警告した「キャッシュレス社会」と「管理強化」の動きそのものです 。
- 分析(脅威の進化):脅威はリカーズ氏の予想を超えて進化しています。彼自身が2024年の最新作『MoneyGPT: AI and the Threat to the Global Economy』で、このテーゼをアップデートしています。2016年の脅威が「サイバー脅威」(ハッキングによる窃取)であったのに対し、2025年の脅威は「AIによるシステミック・リスク」へと進化しているのです。
新たな脅威:「MoneyGPT」と金融カオス
リカーズ氏は、AIが人間の「共感」「直感」「倫理観」を欠いたまま市場に導入されることで、金融カオスが増幅されると警告します 。
アルゴリズムが「売りが売りを呼ぶ」暴落を(人間の介入なしに)加速させたり、あるいはソーシャルメディアの情報からパニックを自己学習したAIが「超高速のデジタル・バンクラン」を引き起こしたりする、というシナリオです。
2016年に彼が提示した「デジタル資産の脆弱性」というテーゼは、AIの台頭により、2025年においてさらに深刻かつ新たな形で補強されていると言えます。
実践:リカーズ流「資産防衛」戦略の徹底解剖
『The New Case for Gold』は単なる理論書ではなく、個人や機関投資家に対し、来るべき危機を生き残るための具体的な行動指針(保険戦略)を提示するマニュアルでもあります 。
戦略1:ポートフォリオの10%を「現物」の金で保有する
リカーズ氏は、一貫して「投資可能資産(Investible Assets)」の10%を物理的な金(および銀)に配分することを推奨しています 。
「投資可能資産」の厳格な定義
彼の「投資可能資産」の定義は厳格です。
個人の総資産から、流動性の低い「自宅の純資産(Home Equity)」や「事業資産(Business Equity)」を「除いた」もの、すなわち流動性のある金融資産のみを指します 。
例えば、純資産1億円のうち自宅の価値が5,000万円であれば、投資可能資産は5,000万円です。
その10%である「500万円」を金で保有すべき、というのが彼の主張です 。
10%の根拠(バーベル戦略)
この10%という比率は、彼が想定する両極端のシナリオ(インフレとデフレ)に対応するために設定されています 。
- ハイパーインフレや市場パニックの際:10%の金保有は、ポートフォリオの残りの90%(法定通貨建て資産)が壊滅的な打撃を受けた際に、資産価値を保全するのに「十分」な量である 。
- 深刻なデフレの際:逆に、デフレによってすべての資産価格が名目上(ドル建てで)下落する局面では、金も下落する可能性があります。しかし、その際の損失はポートフォリオの10%に限定されるため、「致命的な名目上の損失を与えない」 のです。
戦略2:「ペーパー・ゴールド」の徹底的否定
リカーズ氏の保険戦略の核心は、金(ゴールド)への投資が「現物(Physical)」でなければならない、という点にあります 。
彼は、金ETF(例:SPDR Gold Shares, GLD) 、金先物、オプション などの「ペーパー・ゴールド」を、金そのものへの投資ではない、単なる「証券」に過ぎないと断言します 。
主流派(ETF推奨)との根本的な対立
主流派の金融専門家(例:John Gilbert氏)や学術研究 は、ETFの利便性(高流動性、低コスト )を推奨します。
しかしリカーズ氏は、それらは彼が想定する「本物の危機」においては無価値になる、あるいは最大の足かせになると警告します。
リカーズ氏の警告 1(取引所の閉鎖リスク)
彼が予測するような深刻な金融危機(2008年以上のパニック)が発生した場合、株式市場や先物取引所は(1914年や2001年の9.11の時のように)閉鎖される可能性が高いと指摘します。
その時、投資家は最も金(の流動性)が必要な瞬間に、保有するETFを売却し価値を実現することができなくなるのです。
リカーズ氏の警告 2(デリバリーの不履行リスク)
ETFや先物市場(Comex)は、発行済みの契約総額に対し、ごくわずかな割合(彼によれば1%程度)の現物金しか保有していません(高度なレバレッジがかかっている)。
パニックが発生し、すべての投資家が現金の受け取りではなく「現物の引き渡し」を要求した場合、運営者(信託銀行や取引所)は物理的にそれに応えることができません。
その結果、運営者は契約を強制的に「現金決済(Cash Settlement)」すると彼は予測します。
投資家は「金(現物)」ではなく、その時には価値が暴落している(あるいは、誰も欲しがらない)デジタル・キャッシュを受け取ることになるのです。
金保有の「目的」の根本的な違い
この対立は、金保有の「目的」の根本的な違いに起因します。
- 主流派の目的:金を「ポートフォリオ分散や価格エクスポージャーを得るための投資・取引(Trading)」対象と見ています。この目的であれば、流動性が高く低コストなETFが合理的です。
- リカーズ氏の目的:金を「金融システム全体の崩壊(System Collapse)に備える保険(Insurance)」と見ています 。彼が想定する危機とは、取引所が機能停止し、デジタル資産そのものが信頼を失う状況です。このシナリオでは、ETFの「流動性」は幻想であり、ETF自体がカウンターパーティ・リスクそのものです。
投資家は「何をヘッジしたいのか」によって、現物とペーパーのどちらを選択すべきかが決まります。
リカーズ氏は、主流派がヘッジしていない「システミック・リスク」そのものをヘッジしようとしているのです。

推定:リカーズ氏のポートフォリオ全体像
リカーズ氏の「10%の金」 という推奨は、「残りの90%はどうするのか?」という当然の疑問を生みます。
彼は金の熱心な支持者ですが、ポートフォリオの100%を金にすることを推奨する「ゴールド・バグ(金の狂信者)」ではありません 。
彼の他の著作(『The Road to Ruin』 )での議論や、彼が編集長を務めるニュースレター『Strategic Intelligence』 での推奨を組み合わせることで、彼の全体的な資産防衛哲学が推定できます。
それは、ナシーム・タレブが提唱する「バーベル戦略」(超安全資産と超投機的資産を両極端に持ち、中間を捨てる) に近いものです。
【表2】は、リカーズ氏の論理に基づく推定ポートフォリオ・モデルです。
【表2:リカーズ氏の「戦略的インテリジェンス」ポートフォリオ・モデルの推定】
| 資産クラス | 推定配分 | 役割と目的(リカーズ氏の論理に基づく) |
| 1. 現物貴金属(金・銀) | 10% | 保険(コア): システミックな崩壊、ハイパーインフレ、デフレのすべてに対応する基盤的資産 。 |
| 2. 現金(Cash) | 高(例:30%) | オプション性(流動性): デフレや資産価格の暴落時に、割安になった資産(株、不動産)を購入するための「弾薬」 。キャッシュレス社会 への対抗。 |
| 3. 米国債(Treasuries) | 中 | 安全資産(デフレヘッジ): 危機(デフレ的ショック)の初期段階では、質への逃避で上昇する。金とは異なるリスクヘッジ 。 |
| 4. 特定株式(Stocks) | 中(厳選) | 投機(インフレヘッジ): エネルギー、天然資源 、防衛、あるいは金鉱株。または安定したキャッシュフローを持つ優良な配当株(例:電力 )。 |
| 5. 避けるべき資産 | N/A | ペーパー・ゴールド(ETF、先物) 。過度に複雑なデリバティブ。サイバー攻撃に脆弱なデジタル資産全般 。 |
結論:2025年にリカーズ理論から学ぶべきこと
予言の「タイミング」は早すぎた
ジェームズ・リカーズ氏の「崩壊のタイミング」に関する予言 は、2010年代においては、バリー・リソルツ氏の批判 通り、明らかに早すぎました。
主流派経済学が指摘するように、法定通貨システムと中央銀行は、驚くべき強靭性(あるいは、危機を未来に先送りする延命能力)を示してきたのです。
警告した「根本的なトレンド」は現実化
しかし、彼が2016年に『新しい金のケース』で指摘した「根本的なトレンド」は、2025年の現在、否定する方が難しい状況にあります。
- 地政学と脱ドル化:ドルの「兵器化」 と、それに対する地政学的反動(金の蓄積)が、現実の脅威であることを証明しました。
- デジタル資産の脆弱性:2016年のサイバー攻撃という警告は、2025年にはCBDCによる管理強化 、そしてAIによる超高速のシステミック・リスクへと、形を変えて深刻化しています。
- システムの不安定性:2024年から2025年にかけての、パラドキシカルな金価格の高騰は、市場が(インフレという「古いケース」だけでなく)彼が指摘する「システミック・リスク」と「不確実性」という「新しいケース」 を、ついに本格的に織り込み始めたことを示唆しています。
リスク管理のケーススタディとして
結論として、本書『The New Case for Gold』は、「正確な未来予測の書」としてではなく、LTCMの交渉担当者とペンタゴンの金融戦争アドバイザーという特異な視点から、「複雑な金融システムの潜在的障害点(failure point)」を特定し、それに対する「ロバストな(=システムが崩壊しても価値を失わない)保険」の必要性を説いた、優れたリスク管理のケーススタディとして再読すべきです。
彼が提唱する戦略は、ポートフォリオのリターンを最大化するための「投資」ではありません。
リターンがすべて失われる「ブラック・スワン・イベント」に備えるための、合理的な「保険料」の支払いとして、2025年の不確実な世界において再評価されるべき提言です。
読者が今すぐ取るべき最初のアクション
リカーズ氏の提言を、ご自身の資産防衛に活かす時が来ています。
記事を読み終えた読者が、最初にとるべき具体的かつシンプルな行動を提案します。
それは、「ご自身の『投資可能資産』の総額を、1円単位で正確に計算すること」です。
リカーズ氏の定義 に従って、今すぐエクセルやメモ帳を開き、以下の計算を行ってください。
- 預金、株式、投資信託、債券など「流動性のある金融資産」の時価総額を合計します。
- その合計額から、「自宅の純資産(不動産価値 – ローン残高)」を差し引きます。
- (もしあれば)「事業の純資産(自社株など)」も差し引きます。
その結果として算出された金額が、あなたが直ちに換金できる「真の投資可能資産」です。
その額が把握できて初めて、リカーズ氏が推奨する「10%の保険料(現物金)」 を支払うかどうかの、現実的な検討が可能になります。
まずは、ご自身の「本当の数字」を知ることから始めてください。

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