2025年10月・貴金属市場の結論:高騰、調整、そして分岐点
2025年10月の貴金属市場は、歴史的な高騰と急激な調整が同居する、まさに「嵐の一カ月」でした。
金(ゴールド)は史上最高値を更新した後、月末にかけて調整局面に移行しました。
この記事では、10月の複雑な値動きを生み出した要因を徹底的に解明します。
マクロ経済、需給バランス、投資家心理という3つの視点から、市場の深層を分析します。
さらに、J.P.モルガンやゴールドマン・サックスなど主要機関の最新予測を基にします。
2026年に向けた金、プラチナ、銀の具体的な投資戦略を専門家の視点から提示します。
10月総括:史上最高値からの「健全な調整」
10月の市場は、主要な貴金属が歴史的な高値を記録する、熱狂的な展開で幕を開けました。
金(ゴールド)は、月半ばにかけて一時、1トロイオンスあたり約4,382ドルに達しました。
これは公称の史上最高値です。
銀(シルバー)も金に連動して急騰しました。
公称の史上最高値である54ドル近辺に到達しました。
プラチナも例外ではありません。
一時1,725ドルを記録し、12年ぶりの高値圏で推移しました。
しかし、この熱狂は長く続きませんでした。
月末にかけて、市場は急激な調整局面に移行します。
金は月末に3,980ドル〜4,100ドル近辺まで下落しました。
この下落は、市場の過度な楽観が冷え込み、「健全な調整」に入ったことを示しています。
最大の分岐点:「ドル建て」下落 vs 「円建て」最高値
日本の投資家にとって、10月は極めて重要な「分岐点」となりました。
米国市場における「ドル建て」価格は、月末にかけて下落しました。
しかし、日本の「円建て」価格は、全く逆の動きを見せたのです。
国内の金小売価格は、1グラムあたり22,000円台を記録しました。
これは過去最高値の更新です 8。
この「ねじれ現象」こそが、10月の市場を読み解く最重要ポイントです。
【表1:2025年10月 貴金属パフォーマンス概要(ドル建て・円建て)】
| 貴金属 | 10月高値 (USD/oz) | 10月安値 (USD/oz) | 月末終値 (USD/oz) | 月末終値 (JPY/g) |
| 金 | $4,382 | $3,980 | $3,997 | 21,871 円 |
| プラチナ | $1,725 | $1,549 | $1,591 | 8,930 円 |
| 銀 | $54 | $46.51 | $48.50 | 270.60 円 |
なぜ、このような「ねじれ」が発生したのでしょうか。
国内の円建て金価格は、以下の式で決定されます。
(ドル建て金価格 × ドル円為替レート) ÷ 31.1035(グラム換算)
10月後半、ドル建て金価格は4,382ドルから3,997ドルへと、約8.8%下落しました。
通常であれば、円建て価格も下落するはずです。
しかし、同期間にドル円レートは1ドル=154円近辺まで、強烈な「円安」が加速しました。
この円安、すなわち「日本円の価値下落」が、ドル建て金価格の下落幅を「打ち消す」どころか「上回った」のです。
この事実は、日本の投資家にとって非常に重要です。
金投資は「金そのものの価値への投資」であると同時に、「日本円の将来価値に対するヘッジ(保険)」として完璧に機能したことが、10月に証明されました。
この強烈な円安の背景には、後述する日米の金融政策の「決定的な分岐」があります。
2026年に向けた貴金属の長期的価格予想(11月以降の展望)
結論:2026年は「構造的強気相場」の継続
10月下旬に見られた価格調整 は、何を意味するのでしょうか。
これは長期的な強気相場における、一時的な「押し目(買い場)」である可能性が極めて高いと分析します。
J.P.モルガン(JPM)やゴールドマン・サックス(GS)など、主要な投資銀行は2026年に向けて、非常に強気な見通しを維持しています。
【表2:2026年+ 大手金融機関の貴金属価格予測】
| 機関名 | 対象 | 時期 | 予測価格 (USD/oz) | 主な論拠(調査資料に基づく) |
| J.P. Morgan | 金 | 2026年 Q4 | $5,055 | Fed利下げ、スタグフレーション懸念、脱ドル化 |
| J.P. Morgan | 金 | 2028年 | $6,000 | 長期的デベースメント(通貨価値下落)ヘッジ |
| Goldman Sachs | 金 | 2026年 12月 | $4,900 | Fed利下げによるETF需要、中央銀行の買い |
| Reuters Poll | プラチナ | 2026年 平均 | $1,550 | 供給不足、金からの代替需要 |
| 複数アナリスト | 銀 | 2026年 | $50 – $95 | 5年連続の供給不足、グリーンエネルギー需要 |
これらの予測値、特にJPMの「5,055ドル」やGSの「4,900ドル」は、単なる景気循環的な上昇を示すものではありません。
これは、金価格の「構造的変化」を示唆しています。
従来、金価格は米国の実質金利と逆相関の関係にありました。
機関投資家によるETF(上場投資信託)の動向が、価格を左右する主な要因でした。
しかし、2022年のロシア制裁以降、この構造は根本的に変化しました。
中国やその他新興国の中央銀行が、ドル資産からの分散(脱ドル化)を目的としています。
彼らは「価格に関係なく」金を買い続ける、「構造的な買い手」として市場に登場したのです。
その結果、金価格の「下限(フロア)」が根本的に切り上がりました。
10月の急激な調整が4,000ドル近辺で強力にサポートされ、踏みとどまった のも、この構造的な需要が背景にあると考えられます。
したがって、2026年の5,000ドルという予測は、「新しい価格帯(例:3,500〜5,000ドル)への移行」と捉えるべきです。
10月の「嵐」を解明する:2大中央銀行の政策が価格を動かした
10月下旬の貴金属価格の調整は、明確な引き金がありました。
10月29日(米国)と30日(日本)に開催された、2つの中央銀行の金融政策決定会合です。
10月29日 FOMCの「タカ派的利下げ」という罠
10月下旬の貴金属価格の調整は、米連邦公開市場委員会(FOMC)の決定が引き金となりました。
FRB(米連邦準備理事会)は、市場の予想通り、政策金利を0.25%引き下げ、3.75%〜4.00%とすることを決定しました。
これは9月に続く2会合連続の利下げです。
通常であれば、金利の引き下げはドル安要因であり、金価格にはプラスに働きます。
同時に、FRBはバランスシートの縮小(QT)を12月1日で終了することも発表しました。
これも金融緩和的な材料であり、貴金属市場にとっては好材料のはずでした。
パウエル議長の「12月利下げは確約しない」発言の衝撃
しかし、会合後に金価格は急落しました。
原因は、パウエル議長の記者会見での発言です。
パウエル議長は「12月の追加利下げは既定路線ではない」と述べました。
この発言は、市場の過度な期待を強く牽制するものでした。
市場は、この発言を「タカ派的(Hawkish)」、すなわち金融引き締めに前向きであると受け取りました。
この一連の動きは、「タカ派的利下げ」のパラドックス(逆説)と呼ばれます。
市場は「事実」よりも「期待」で動くことを如実に示しました。
- 事実: FRBは利下げ(金融緩和)を実施しました。
- 期待: 市場は「10月の利下げ」に加え、「12月も利下げする」ことまで90%の高い確率で織り込んでいました。
- 現実: パウエル議長の発言により、12月の利下げ確率が69%まで急低下しました。
結論として、市場は「実施された利下げ(プラス材料)」を無視しました。
それよりも、「剥落した未来の利下げ期待(マイナス材料)」に大きく反応したのです。
これにより米国の長期金利が上昇し、ドルが急騰。
金利を生まない金(ゴールド)は売られ、4,000ドルを割り込む調整の引き金となりました。
10月30日 日銀の「現状維持」が円安を決定づけた
FOMCのタカ派的な姿勢が示された翌日、今度は日本銀行(日銀)が金融政策決定会合を開催しました。
市場の一部には、円安阻止のための利上げ期待も根強くありました。
しかし、日銀の決定は「現状維持」でした。
政策金利は0.50%で据え置かれました。
植田総裁は、物価見通しに対して慎重な姿勢を崩しませんでした。
高市新政権下で初の会合となりましたが、利上げへの政策転換には踏み切れませんでした。
この24時間の出来事が、円建て金価格の最高値を決定づけました。
10月29日、米国(FRB)は利下げ期待を後退させ、米金利は高止まりしました。
10月30日、日本(日銀)は利上げを拒否し、日本の金利は低迷したままです。
この瞬間、「日米の金融政策の分岐(ダイバージェンス)」が市場に強烈に印象付けられました。
その結果、投資家は「金利の付かない円」を売り、「金利の付くドル」を買う動きを加速させました。
為替レートは1ドル=154円近辺まで、円安が急激に進みました。
まさにこの「強烈な円安」が、「ドル建て金の調整」を完全に相殺しました。
そして、円建て金価格を史上最高値(1グラム=22,000円超)へ押し上げた真犯人となったのです。
補足:遅れた経済指標と市場の不透明感
10月の市場が不安定だった背景には、もう一つ要因があります。
米政府機関の一部閉鎖(Government Shutdown)です。
政府機関の閉鎖により、9月の雇用統計 35 やCPI(消費者物価指数)の発表が遅れました。
FRBも市場参加者も、正確な経済状態を把握できない「目隠し」の状態で、難しい判断を迫られました。
遅れて発表された9月のCPIは、年率3.0%と、インフレの鎮静化を示唆する内容でした。
一方で10月の雇用統計(速報)は、ハリケーンの特殊要因もあり、新規雇用が大幅に低下しました。
この「インフレは高止まりしているが、雇用は冷え込みつつある」という状況(スタグフレーション懸念)が、FOMC内部の判断を二分させました(利下げ賛成と反対が混在)。
そして、このスタグフレーション懸念こそが、金にとっては長期的な強気材料として意識されています。
【金(ゴールド)】徹底分析:10月の動向と11月以降の展望
10月の価格動向:史上最高値(4,382ドル)から調整局面へ
10月の金価格は、まさにジェットコースターのような展開でした。
月半ばには、地政学的リスクの高まり やインフレ懸念、FRBの利下げ期待 を背景に、一時4,382ドルの史上最高値を記録しました。
しかし、前述のFOMCでのパウエル議長のタカ派的発言が市場を直撃しました。
さらに、米中間の緊張緩和の報道 も加わり、高値圏で利益確定売りが加速しました。
月末には一時4,000ドルの大台を割り込み、3,997ドルで月を終えています。
短期予測(11月〜12月):17%の調整リスクとテクニカルサポート(3,270ドル)
11月以降の短期的な見通しとして、下振れリスクには警戒が必要です。
一部のテクニカル分析では、金価格が現在の水準(約3,963ドル)から最大17%の調整の可能性を指摘しています。
ただし、これはパニック売りを意味するものではありません。
この分析には、明確なテクニカル上の根拠があります。
この17%の下落が目指す価格帯は、「3,270ドル〜3,440ドル」のゾーンです。
この価格帯は、2025年の4月から8月にかけて形成された「過去の最高値圏(レジスタンスライン)」でした。
テクニカル分析の基本として、一度突破された強力なレジスタンスラインは、その後、強力な「サポートライン(支持線)」に転換します。
さらに、この3,270ドル〜3,440ドルの価格帯は、長期的なトレンドを示す「200日指数平滑移動平均線(200 EMA)」とも合致しています。
したがって、もし調整が深まった場合、この価格帯は二重の強力な支持線となります。
長期的な投資家にとっては、絶好の「押し目買い(Buy the Dip)」のポイントとなる可能性が高いことを示唆しています。
長期予測:大手銀行が強気な理由(JPM $5,055、GS $4,900)
短期的な調整リスクとは裏腹に、2026年を見据えた長期見通しは極めて強気です。
J.P.モルガンは、2026年第4四半期までに金価格が5,055ドルに達すると予測しています。
その原動力は「FRBの利下げサイクル」「スタグフレーションへの不安」、そして「法定通貨の価値下落(デベースメント)へのヘッジ」であると指摘しています。
ゴールドマン・サックスも、2026年末までに4,900ドルに達すると予測しています。
GSは、FRBが2026年半ばまでに合計1.0%の利下げを行うと予想しています。
この利下げが、西側諸国の機関投資家によるETF需要を強力に刺激すると分析しています。
強気材料(需要)①:中央銀行の「金買い」が止まらない
2026年に向けた強気予測の最大の根拠は、中央銀行による「構造的な買い」です。
2025年第3四半期、世界の中央銀行は合計で220トンもの金を購入しました。
ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が実施した最新の調査は、この傾向が続くことを裏付けています。
調査対象となった中央銀行の95%が「今後1年で世界の金準備高が増加する」と回答しました。
この中央銀行の買いは、「価格非弾性的」であるという点で、一般の投資家とは異なります。
ゴールドマン・サックスの分析によると、2022年のロシア制裁以降、新興国の中央銀行による金の購入量は5倍に増加しました。
彼らの目的は、短期的な利益追求(投機)ではありません。
米ドルへの過度な依存から脱却する「外貨準備の分散(デ・ダラリゼーション)」という、国家戦略に基づいています。
そのため、WGCが指摘するように「価格が高騰しているにもかかわらず、買いが続いている」のです。
この「価格が上がっても買い続ける」という構造的な需要が、金価格の強固な下支え(フロア)を形成しています。
強気材料(需要)②:ETFと個人投資家の回帰
中央銀行の動きに続き、2025年はETF(上場投資信託)にも資金が回帰しました。
2025年の金ETFへの累計流入額は、640億ドルに達しています。
個人投資家の需要も堅調です。
特に中国やインドの投資家は、自国の貿易摩擦や経済不安を背景にしています。
第4四半期(10月〜12月)においても、金の延べ棒(バー)やコインの購入を加速させていると報告されています。
今後、FRBの利下げが本格化すれば、金利を生まない金の魅力が相対的に高まります。
これらの投資需要は、2026年に向けてさらに加速する可能性が高いでしょう。
投資家心理:COTレポートが示す短期的な「過熱感」
ただし、10月の急落が示した通り、短期的な過熱感には注意が必要です。
CFTC(米商品先物取引委員会)が発表するCOTレポートは、投資家のポジション(建玉)を示す重要な指標です。
(注:10月は米政府機関の閉鎖の影響で、CFTCレポートの発表が遅延しました)
9月下旬のデータ(10月の高騰局面の直前)を見てみましょう。
ヘッジファンドなどの「非商業(投機)部門」のネット・ロング(買い越し)が、非常に高い水準まで積み上がっていました。
COTレポートにおいて、投機筋(Non-Commercials)はトレンドを追う「順張り」です。
彼らの買い越しが極端に積み上がる時、それは市場が楽観に傾きすぎている「買われすぎ」のサインとなります。
一方で、生産者などの「商業(実需)部門」(Commercials)は、価格が割高になると将来の生産分をヘッジ(先物売り)するため、「逆張り」の動きをします。
10月の高騰局面では、まさにこの「投機筋の過度な買い」と「実需筋のヘッジ売り」がアンバランスなほどに積み上がっていました。
この市場が買いに傾きすぎた状態で、パウエル議長のタカ派発言という「冷や水」が浴びせられました。
その結果、投機筋が一斉にロング(買い)ポジションを解消し、10月下旬の急激な調整 を引き起こしたのです。
【プラチナ】徹底分析:供給不足と「金との格差」が価格を支える
10月の価格動向:12年ぶりの高値圏で推移
プラチナは2025年、金や銀をアウトパフォームする、最も好調な商品の一つとなりました。
10月には一時1,725ドルに達し 6、12年ぶりの高値圏で推移しています。
年初からの上昇率は、実に76%もの驚異的な記録となりました。
この力強い上昇は、単なる金価格高騰の「追い風」だけではありません。
プラチナ独自の、強力なファンダメンタルズ(需給バランス)に支えられています。
強気材料(需給):WPICが予測する3年連続の「供給不足」
プラチナの最大の強気材料は、需給バランスにおける深刻な「供給不足」です。
ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル(WPIC)の最新レポートは、衝撃的な内容でした。
2025年のプラチナ市場は、26.4トン(約85万オンス)の供給不足になると予測されています。
これが実現すれば、3年連続の供給不足となります。
さらに、この問題は2025年で終わりません。
WPICは、この供給不足が少なくとも2029年まで持続すると予測しています。
不足が続くことで、地上の在庫(Above-ground stocks)は急速に減少し続けています。
2025年末には、地上の利用可能な在庫は92.6トンと、5年ぶりの低水準に落ち込む見込みです。
供給の課題:南アフリカの鉱山生産が5.9%減少
供給不足の根本的な原因は、鉱山生産の不振です。
2025年の世界の総供給量は、前年比3.5%減少の218.6トンと予測されています。
これは5年ぶりの低水準です。
特に深刻なのが、世界の約7割を生産する南アフリカです。
南アフリカの鉱山生産は、前年比で5.9%の大幅減少が見込まれています。
これは、南アフリカ特有の電力不足やインフラの問題、鉱山設備の老朽化によるリストラなど、構造的な問題が原因です。
リサイクル(二次供給)は増加が見込まれますが、鉱山生産の深刻な落ち込みをカバーできていないのが実情です。
需要の分解①(宝飾):金の高騰が生んだ「代替需要」
供給が細る一方で、需要面で最も好調なのが「宝飾品」分野です。
2025年のプラチナ宝飾品需要は、前年比で10.9%増と力強く予測されています。
これは6年〜7年ぶりの高水準に達する見込みです。
この背景には、金価格の歴史的な高騰が直接的に関係しています。
消費者の視点では、見た目が似ている「ホワイトゴールド」よりも、価格的に割安な「プラチナジュエリー」を選ぶ動機が強まっています。
さらに重要なのは、「小売店」の動機です。
記録的な高値となった金の在庫を大量に抱えることは、小売店のバランスシート(資金繰り)を強く圧迫します。
そのため、小売店が自発的に「在庫の金をプラチナに転換する」動きが活発化しています。
この代替需要が、プラチナの需要を強力に押し上げています。
需要の分解②(自動車):パラジウムからの代替が進む
プラチナ需要の柱である自動車触媒の分野でも、需要は底堅いです。
歴史的にプラチナより高価だった「パラジウム」(主にガソリン車用触媒)から、安価な「プラチナ」への代替(Substitution)が、自動車メーカーの間で進んでいます。
この代替需要は、一度採用されると、その車種のモデルチェンジまでの約7年間は固定化される傾向があります。
そのため、中長期的なプラチナ需要を下支えする要因となります。
需要の分解③(産業):ガラス・化学分野の減速
一方で、自動車を除く「産業需要」は減速しています。
2024年に需要を牽引したガラス産業(液晶パネルやグラスファイバー製造)の大型設備投資が、2025年に入って一巡したためです。
化学分野の需要も減少しており、世界経済の全体的な減速が反映されています。
リスク要因:EV化はプラチナ需要を脅かすか?
投資家の間でよくある誤解の一つに、「EV(電気自動車)が普及すると、排ガス触媒が不要になり、プラチナ需要はなくなる」という見方があります。
この見方は、半分正しく、半分間違っています。
まず、「パラジウム」は、主にガソリン車の触媒に使われます。
そのため、BEV(バッテリー式EV)の普及は、パラジウム需要にとって直接的な脅威となります。
しかし、「プラチナ」の事情は異なります。
プラチナはディーゼル車や、パラジウム代替のガソリン車に使われます。
市場は「EV = BEV」と短絡的に捉えがちです。
しかし、「脱炭素」の選択肢はBEVだけではありません。
トヨタなどが推進する「ハイブリッド車(HEV)」や、「燃料電池車(FCEV)」も存在します。
HEVはガソリンエンジンを搭載するため、触媒(プラチナ)が必要です。
そして何より、FCEV(水素自動車)は、水素と酸素から電気を発電するためにプラチナ触媒が「不可欠」なのです。
したがって、プラチナは「ガソリン車・ハイブリッド車・水素車」の3つの分野で需要があります。
BEV化による需要減少リスクは、パラジウムに比べて遥かに限定的です。
プラチナは「EV化」の脅威にさらされているのではなく、「水素化」の主役となる金属なのです。
長期予測:2026年平均1,550ドルへの道と「水素社会」という切り札
アナリスト調査(ロイター)では、2026年のプラチナ平均価格は1,550ドルと予測されています。
一部の強気な予測では、1,623ドル〜2,437ドルの範囲を予測する声もあります。
この長期的な強気シナリオの「切り札」となるのが、前述の水素経済(Hydrogen Economy)です。
プラチナは、PEM(プロトン交換膜)という技術において、必須の触媒です。
- 用途①:水素を作る(電解装置)
- 用途②:水素で発電する(燃料電池)
この水素関連需要は、2025年時点ではまだ49,000オンス程度と小規模です。
しかし、各国政府の脱炭素政策に後押しされ、2030年までに60万オンス以上に急成長すると予測されています。
WPICやジョンソン・マッセイ(世界最大の触媒メーカー)の分析は明確です。
将来的に自動車触媒の需要が減少したとしても、この新しい水素需要が、その減少分を「相殺」する。
その結果、プラチナ市場の供給不足は長期化する、と結論付けています。
【銀(シルバー)】徹底分析:最強の「産業需要」が価格を牽引
10月の価格動向:史上最高値(54ドル)と乱高下
銀(シルバー)は10月、金と共に急騰し、公称の史上最高値である54ドル近辺に達しました 4。
しかし、その直後には1日で6%も急落するなど 4、3つの金属の中で最も不安定(ボラティリティが高い)な値動きを見せました。
この不安定さこそが、銀の最大の特徴です。
第一に、銀は市場規模(時価総額)が金よりも遥かに小さいです。
そのため、同じ投資資金が流入しても、価格がより大きく変動します。
第二に、銀は「貴金属(投資対象)」と「産業用金属(実需)」という、2つの顔(デュアル・パーパス)を持っています。
10月の急騰は、投資マネーの流入(金高騰の連れ高)と、世界的な実需の強さが同時に発生した結果です。
これにより、市場が「スクイーズ(圧搾)」的な状態になったと考えられます。
強気材料(需給):5年連続の「深刻な供給不足」
銀の長期的な強気シナリオの根幹は、プラチナ以上に深刻な「供給不足」です。
シルバー・インスティテュート(銀協会)のデータによると、銀市場は5年連続の供給不足に陥っています。
2021年〜2024年の累計の市場赤字は、6億7800万オンスに達しました。
この数字は、世界の年間鉱山生産量(約8.2億オンス)の10ヶ月分に相当する、異常な規模の不足です。
この構造的な不足は2025年も解消されません。
2025年も、1億1500万〜1億1800万オンスという、深刻な供給不足が予測されています。
産業需要①(太陽光):PV需要が全消費の20%に達する未来
供給不足の最大の原因は、爆発的に増加する「産業需要」です。
産業需要は、銀の総需要の50%以上を占めています。
その中でも特に凄まじいのが、「太陽光パネル(PV)」向けの需要です。
2024年、太陽光パネル向けの銀需要は、過去最高の1億9760万オンスを記録しました。
この成長ペースが続けば、2026年までに、太陽光パネルだけで銀の総需要の20%を占めるようになると予測されています。
産業需要②(EV):ガソリン車の2倍の銀を使用
産業需要のもう一つの巨大な柱が、「電気自動車(EV)」です。
銀は、金属の中で最も優れた導電性を持ちます。
そのため、EVに搭載されるあらゆる電子部品、スイッチ、コネクタ、ヒーター(霜取り用)に不可欠です。
1台あたりの銀の使用量を比較してみましょう。
- ガソリン車(ICE):1台あたり 15〜28グラム
- ハイブリッド車(HEV):1台あたり 18〜34グラム
- 電気自動車(BEV):1台あたり 25〜50グラム
EVが1台普及するごとに、自動車1台あたりの銀の使用量は、ほぼ倍増します。
世界の自動車向け銀需要は、2025年に9,000万オンス(約2,800トン)近くに達すると予測されています。
銀はもはや単なる「貴金属」ではありません。
「グリーン・インフレーション」の核となる、戦略物資です。
金の価値が「通貨(金融政策)」に連動するのに対し、
プラチナの価値が「水素(未来のエネルギー)」に連動するのに対し、
銀の価値は、現在の「脱炭素政策(グリーンエネルギー)」そのものに連動しています。
各国政府がEVや太陽光パネルの導入を法的に義務付けることは、事実上、「銀の消費を義務付ける」ことに他なりません。
この需要は、価格が上がっても減らすことができない「価格非弾性的」な需要です。
一方で、供給(鉱山生産)は、銀が鉛や亜鉛の「副産物(Byproduct)」として採掘されることが多いため、需要に応じてすぐに増産できません。
この「構造的に増え続ける需要」と「構造的に増えにくい供給」の絶望的なギャップが、5年連続の赤字を生んでいます。
これが、一部のアナリストが銀価格について$95や$100といった、非常に強気な予測を提示する背景です。
投資家心理:COTレポートが示す「過熱感」(天井のシグナル)
ただし、銀は短期的には金以上に危険なシグナルが点灯しています。
COTレポートの分析によると、銀が最高値(54ドル)を付けた局面で、ある重大な動きが観測されました。
「コマーシャル(実需筋)」が、過去数年間で最大級のネット・ショート(売り越し)ポジションを積み上げていたのです。
「コマーシャル(実需筋)」とは、主に鉱山会社などの生産者を指します。
彼ら「現場のプロ」が、「歴史的な売りポジション」を持つことの意味は重大です。
それは、彼らが「現在の50ドル超の価格は、将来の生産分をヘッジ(売却予約)するのに最高に割高な水準だ」と判断していることを意味します。
専門家の間では、これは「大きな天井(Topping indication)」の兆候と解釈されます。
結論として、銀の長期的な需給 は極めて強気です。
しかし、短期的な投資家心理は、実需筋が「売りに回っている」ため、10月のような急落 が再び発生するリスクが非常に高い状態にあると言えます。
一部のアナリストは、調整局面では25ドル〜35ドルへの大きな下落もあり得ると警告しています。
結論:2025年11月以降、投資家が取るべき「最初の行動」
ポートフォリオの見直し:金・銀・プラチナの最適な配分とは
10月の相場と2026年の見通しを踏まえ、3つの貴金属はそれぞれ異なる役割を担うことが明確になりました。
ご自身のポートフォリオ(資産配分)を見直す必要があります。
- 【金(ゴールド)】:
- 役割=「守りの核」
- 中央銀行の買いや、通貨(特に円)の価値下落に備える「保険(Hedge)」です。ポートフォリオの基盤として、安定的に保有すべき資産です。
- 【銀(シルバー)】:
- 役割=「攻めの衛星(サテライト)」
- グリーンエネルギー需要という、明確な成長ストーリーに賭ける「成長(Growth)」資産です。ただし、ボラティリティが極めて高いため、短期的な過熱感に注意し、資産の一部に留めるべきです。
- 【プラチナ】:
- 役割=「長期の価値(バリュー)」
- 深刻な供給不足と、金に対する割安感(宝飾需要) が下値を支えます。そして将来の「水素社会」という大きな潜在価値を持つ、「バリュー(割安)株」的な投資対象です。
短期的な調整に備える:「押し目買い」の戦略
では、投資家が「今すぐ取るべき最初の行動」は何でしょうか。
それは、高値で飛びつかないことです。
10月下旬の調整 や、銀のCOTレポートが示す過熱感は、市場が短期的に「買われすぎ」であることを示唆しています。
2026年に向けた強気シナリオを信じるのであればこそ、熱狂から一歩引き、冷静に「押し目」を待つ戦略が有効です。
具体的な行動としては、金であれば、テクニカルサポートとして意識される「3,270ドル〜3,440ドル」の水準 などを参考にします。
一括で購入するのではなく、時間や価格を分散して買い下がる計画を立てることです。
長期的な視点:2026年以降のコア資産としての貴金属
本レポートで分析した通り、2025年以降の貴金属市場の強気相場は、一時的な熱狂ではありません。
中央銀行の脱ドル化 22 や、銀のグリーン需要 63 という、不可逆的な「構造的変化」に支えられています。
これは、2026年以降も継続する、非常に大きなトレンドです。
短期的な価格変動に惑わされることなく、インフレや通貨不安から資産を防衛するための「コア資産」として、貴金属への配分を検討・維持すること。
それが、2025年11月以降の最も重要かつ賢明な戦略となるでしょう。

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