かつて「一億総中流社会」と呼ばれた日本。しかし、その中流層は今、崩壊の危機に直面しています。収入の減少と物価の上昇が多くの家庭に重くのしかかり、夢見ていた中流の生活が遠のいています。
本書では、リスキリングと同一労働同一賃金という二つの重要な取り組みを通じて、この危機を乗り越える方法を探ります。ドイツやオランダの成功事例を参考にしながら、日本でも実践可能なアプローチを考えていきます。
現実に直面する家族の物語や企業の取り組みを紹介し、皆さんがこの問題を自分ごととして捉え、共に未来を築く一歩を踏み出す手助けとなることを願っています。
著者
魅力的なNHKスペシャル取材班メンバー紹介
浜田裕造(はまだ ゆうぞう)
NHKエデュケーショナル チーフ・プロデューサー 1967年埼玉県生まれ
1992年にNHKに入局し、福祉や社会情報番組を手掛けてきた浜田氏。『緊急点検・日本のセーフティーネット』では医療や介護の現場に深く関わり、NHKスペシャル『セーフティーネット・クライシス』や『コロナ失業』といった社会政策に関する番組を制作。彼の取材は、社会の根本的な問題を浮き彫りにしています。共同執筆の「地域切り捨て 生きていけない現実」も必見です。
小笠原卓哉(おがさわら たくや)
NHK報道局 報道番組センター 社会番組部 チーフ・プロデューサー 1979年岩手県生まれ
2003年にNHKに入局し、数々の社会問題に迫ったドキュメンタリーを制作。『阪神・淡路大震災10年』や『3・11 あの日から2年』、そして『安倍元首相銃撃事件』など、時代の転換点を切り取る作品を次々と送り出しています。小笠原氏の洞察力と情熱が、視聴者に深い感銘を与えます。
佐々木良介(ささき りょうすけ)
NHK報道局 社会部 記者 1981年鳥取県生まれ
2014年にNHKに入局し、鳥取局や広島局で事件取材を経て、現在は社会部で拉致問題や労働問題を担当。佐々木氏の鋭い視点と現場取材の力が、見る者に強い印象を残します。
横里征二郎(よこさと せいじろう)
NHK大阪放送局 コンテンツセンター第3部 チーフ・ディレクター 1981年東京都生まれ
2004年にNHKに入局し、『“中流危機”を越えて』などのドキュメンタリーを制作。横里氏の作品は、視聴者に深い考察を促し、社会の複雑な問題に光を当てるものばかりです。
柚木映絵(ゆのき てるえ)
NHKプロジェクトセンター ディレクター 1986年東京都生まれ
2010年にNHKに入局し、『ハートネットTV』や『阿佐ヶ谷アパートメント』など、多様なジャンルの番組を制作。柚木氏のクリエイティブな視点と鋭い洞察が、視聴者の心に響きます。
山浦彬仁(やまうら よしひと)
NHK第2制作センター社会 ディレクター 1986年東京都生まれ
2011年にNHKに入局し、教育や福祉に関する取材を続ける。山浦氏の取材は、現場のリアルな声を伝え、視聴者に深い共感を呼び起こします。
宮崎良太(みやざき りょうた)
NHK報道局 社会部 記者 1987年東京都生まれ
2012年にNHKに入局し、地域の社会問題や労働問題に取り組む。宮崎氏の取材は、視聴者に身近な問題として社会の変革を促します。
村田裕史(むらた ひろふみ)
NHK大阪放送局 コンテンツセンター第3部 ディレクター 1989年東京都生まれ
2011年にNHKに入局し、スポーツや社会問題のドキュメンタリーを制作。村田氏の作品は、見る者に感動と気づきをもたらします。
中村幸代(なかむら ゆきよ)
NHK報道局 報道番組センター 政経・国際番組部 ディレクター 1990年愛知県生まれ
2015年にNHKに入局し、子どもの貧困や労働環境に焦点を当てた番組を制作。中村氏の作品は、視聴者に社会の現実を直視させ、変革の必要性を訴えます。
馬宇翔(ま うしょう)
NHK大阪放送局 コンテンツセンター第3部 ディレクター 1994年神奈川県生まれ
2018年にNHKに入局し、社会保障制度や就職氷河期世代の生活を取材。馬氏の鋭い洞察力と情熱が、視聴者に新たな視点を提供します。
要点
- 中流層の崩壊危機:かつての「一億総中流社会」とは異なり、現在の日本では中流層が崩壊の危機に瀕しており、収入の減少と物価の上昇が多くの家庭に深刻な影響を与えている。
- リスキリングの重要性:技術の進化に伴い、従来の仕事が失われる「技術的失業」に対抗するために、企業や行政が主体となって働く人々に新しい職業能力を習得させるリスキリングが必要である。
- 同一労働同一賃金の成功事例:オランダでは「同一労働同一賃金」が徹底されており、フルタイムとパートタイムの労働者が同じ賃金と待遇を享受している。この取り組みが労働者の生活の質を向上させ、経済の健全な発展に寄与している。
- 中小企業におけるリスキリングの課題と成功事例:日本企業の99.7%が中小企業であり、これらの企業がリスキリングを成功させることが中間層の賃金アップに不可欠である。成功事例として、山形市の税理士法人・あさひ会計が業務のデジタル化と社員のリスキリングに成功し、社員の待遇を改善した。
- 社会全体での取り組みの必要性:自分自身が現在の問題に直接影響されていない場合でも、日本の未来を守るためには、全国民が「中流危機」を真剣に考える必要がある。ドイツやオランダの先進事例を学び、リスキリングと同一労働同一賃金の導入を進めることが重要である。
幻想の中流生活: 見えてきた現実
想像と違う“中流”の現実
かつて、日本は「一億総中流社会」と言われていました。しかし、現実は大きく変わっています。1994年から2019年の25年間で、日本の全世帯の所得の中央値は130万円も減少し、現在は374万円となっています。2022年にNHKが「労働政策研究・研修機構」と共同で行った調査では、56%の人が想像する“中流の暮らし”よりも下の生活をしていると答えています。これは、日本の中間層が徐々に貧しくなり、負のスパイラルに陥っていることを示しています。
この書籍は、そんな「中流危機」の現実に迫ります。最初に登場するのは、夫が正社員として30年以上働き続けた夫婦。3人の子どもを持ち、都内郊外にマンションを購入した典型的な中間層の家庭です。しかし、現実は厳しく、給与は徐々に減少し、現在の年収は約500万円。貯蓄は100万円ほどしかありません。夫は胃がんを患い、事務職への異動を余儀なくされ、給与も激減。教育ローンの一部は子どもにも負担してもらい、医療費も切り詰める生活を余儀なくされています。
崩れゆく安定
また、残業代がなくなり給与が激減してマイホームを手放す人、正社員から業務委託契約への切り替えを迫られ安定収入がなくなる不安を抱える人、夫婦共働きでも借金をしないと子どもを進学させられない人。これまで“安泰”だったはずの「正社員」たちが、思い描いていた“中流”の暮らしから転落しているのです。
企業依存と負のスパイラル
高度経済成長期からバブル崩壊前まで、日本は正社員の終身雇用、年功賃金、能力開発・育成、福利厚生を企業が約束する「企業依存型」雇用システムが成り立っていました。これにより、企業と社員の相互依存関係が築かれ、好循環が生まれていました。しかし、景気低迷や経済のグローバル化、新興国の台頭により、このシステムは負のスパイラルに陥ります。合理化と人件費削減の結果、産業の空洞化、生産性の低下、デフレ不況が進行し、中間層の賃金は減少。消費減少、価格引き下げ、利益減少、投資減少という悪循環が繰り返されています。
非正規雇用の拡大とその影響
1995年の日経連(日本経営者団体連盟)の報告書では、既にこの問題に警鐘が鳴らされていました。解雇権の濫用が規制されている日本において、雇用形態の「改革」として「非正規社員」の活用が提言されました。しかし、これが「安価で代替可能な労働力」という新たな歪みを生む結果となりました。
デジタルイノベーションを生み出せ
再び稼ぐ力を
負のスパイラルから脱却し、国際的な競争力を得ながら、中間層の所得を上げていくためには、「失われた30年」のあいだになおざりとなってしまった国家レベルでの人材育成への投資が鍵となる。現在多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいるが、これを担える人材が圧倒的に不足している。DXに強い即戦力を国、企業、労働界の総力を挙げて育成することは、「短期主義」「コスト主義」の落とし穴から抜け出すきっかけにできるかもしれない。
ここまでの議論から導き出された“中流復活”に関わるキーワードが、「デジタルイノベーション」「リスキリング」「同一労働同一賃金」の3つである。以下、順番に見ていこう。
既存事業からの転換と新しい人材登用
日本のデジタル投資は周回遅れとなってしまったが、日本の強みであるものづくりの高い技術と最新のデジタル技術との組み合わせによってデジタルイノベーションを起こせば、価格競争から抜け出せる付加価値を生み出すことができるはずだ。
小型のビデオカメラによってかつて市場を席巻した日本ビクターは、「企業丸抱え」のシステムの中で大きな利益を得ていた。しかし、変化の先取りができず、スマートフォンの登場で大打撃を受ける。巨大な既存事業が優先であり、マーケット視点でイノベーションを起こせる人や設備に充分な投資を行えていなかったのだ。
そこでケンウッドと経営統合し、JVCケンウッドとして構造改革を断行、デジタル技術を駆使した「ソリューションサービス」事業に転換する。AIによってドライバーをサポートしながら、安全運転を促して保険会社の負担も下げるドライブレコーダーは、3年で6倍以上の売上を得ている。
こうしたデジタルイノベーションが成功したのは、「人材登用」のあり方を大きく見直したことにある。エンジニア、ベンチャー出身者などの生え抜きではない人材を積極的に採用し、異なる考え方、人脈などを持っている人たちによって、新たな市場を開拓したのだ。さらに、積極的に他社と技術的協業を進め、長年働いてきた社員が新たな分野に挑戦する機会も設けている。
リスキリングの力: 未来への一歩
世界10億人のリスキリングが未来を変える
「リスキリング」という言葉、最近よく耳にしませんか?これは、個人の関心から始まる「学び直し」とは違い、企業や行政が主体となって働く人々に新しい職業能力を習得させることを指します。特にデジタル分野など成長産業でのスキルを身につけることが求められます。
テクノロジーの進化に伴い、人間の仕事が自動化される「技術的失業」が現実のものとなっています。ChatGPTのような生成系AIの登場で、この動きはますます加速しています。しかし、この問題を解決するカギが「リスキリング」にあります。世界経済フォーラムの2020年のレポートによると、今後5年間で8500万件の雇用が消失する一方で、9700万件の新たな雇用が生まれるとされています。
リスキリングのグローバルな取り組み
ドイツの「インダストリー4.0」やイギリスの「グリーン・リスキリング」のように、国家レベルでリスキリングに取り組む例もあります。これらの取り組みは、企業の採用コストを削減し、業績を向上させるだけでなく、所得中間層の賃金アップや国全体の経済発展にも寄与します。世界中の大企業がこの分野に巨額の投資を行っているのも納得です。
中小企業にこそ必要なリスキリング
日本では、2010年代前半の対GDP比で見た人材投資が他の先進国に比べて低い水準にあります。バブル崩壊以降、多くの企業は人材投資をコストとして削減しがちであり、人材流出を恐れて投資を控える傾向がありました。
そんな中、デジタル人材育成の先行事例として注目されているのが日立製作所です。同社はデザインシンキングやデータサイエンスなどのスキルを教育プログラムで提供し、2022年度には純利益が過去最高を記録するなど、大きな成果を上げています。
しかし、大企業とは異なり、リソースが限られた中小企業にとってはリスキリングの実施は困難です。日本企業の99.7%は中小企業や小規模事業者であり、これらの企業がリスキリングを成功させなければ、中間層の賃金アップは実現しません。
成功事例: 山形市のあさひ会計
山形市にある従業員数120人の税理士法人・あさひ会計は、2018年から業務のデジタル化と社員のリスキリングを進めました。単純作業をRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)に任せ、その使い方を社員に研修で浸透させることで効率化を図りました。また、RPAエンジニアを育て、ノウハウを他社に提供する新会社も設立しました。派遣社員だった女性が正社員のITエンジニアとなり、年収が1.7倍になった事例もあります。
中小企業を支える行政支援
リスキリングの成功には、「一人の業務を楽にする」というスモールスタートから、新たな専門チームの構築、成果を報酬に反映させることなどが重要です。しかし、中小企業だけでこれを進めるには限界があります。人材確保や給与補填、専門家によるサポートなどの行政支援が必要です。
同一労働同一賃金の魅力
オランダで進む労働平等
派遣労働の自由化が進む中で、オランダと日本の現実には大きな差があります。オランダでは「同一労働同一賃金」が徹底され、フルタイムとパートタイムの時給や福利厚生は同じです。働く時間が短くても、正規雇用労働者として十分に暮らせる待遇を得ています。結果として、パートタイムに切り替える労働者も多くいます。それでも、オランダの国民一人あたりのGDPは日本の1.4倍に達しています。
1970年代のオイルショックに伴う経済危機を契機に、オランダ政府、労働組合、雇用主団体が一体となって「働き方改革」に取り組んだ結果、「オランダの奇跡」と呼ばれる経済回復を成し遂げました。
同一労働同一賃金の大原則
日本でも、2018年に制定された働き方改革関連法により、同一労働同一賃金の法律が整備されました。この法律は「同一企業内における正社員と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差を禁止」し、「均衡のとれた待遇の実現」を目的としています。
日本の先進的な取り組みの例としてイトーヨーカ堂があります。異動などの義務がない非正規雇用のパートタイマーに対しても、正社員と同等の人事評価制度に基づいた賃金改定を実施し、キャリアアップの仕組みを整備しました。「リーダー」になれば管理職に就くことができ、準社員や正社員登用にもチャレンジできます。
選択できる働き方の重要性
ライフステージやライフスタイルによって、正社員登用を望まないパートタイマーもいます。“選択できる”制度によって、そうした人たちを企業の“財産”とすることが、少子高齢化が進む時代における人材獲得の重要な考え方です。
オランダの事例は、日本の企業や政策にも多くの示唆を与えています。同一労働同一賃金の徹底は、労働者の生活の質を向上させ、経済全体の健全な発展に寄与するものです。日本もこの流れに乗り遅れることなく、企業と労働者双方にとって有益な働き方を目指していくべきでしょう。
まとめ:日本の未来を守るために:リスキリングと同一労働同一賃金の重要性
かつての「一億総中流社会」と呼ばれた日本。しかし、今その中流層は崩壊の危機に瀕しています。収入の減少と物価の上昇が家庭に重くのしかかり、多くの人々が生活の質を維持するために奮闘しています。本書で紹介された、マイホームを守るためにすべてを切り詰めて必死に働く50代の夫婦や、新築した家を手放さざるを得なかった20代の夫婦のドキュメンタリーを読むと、胸が締め付けられる思いがします。これはほんの一例に過ぎず、多くの家庭が同様の困難に直面しています。
現在の日本社会では、“給与が上がらないのに物価は上がる”という声が多く聞かれます。趣味や旅行だけでなく、子どもの進学や結婚、さらには働くことさえも諦める人が増えています。これは非常に深刻な社会問題です。自分自身がマイホームを購入できているから、自分の会社では給与が上がっているからといって目を背けるべきではありません。この「中流危機」は日本全体の未来に関わる問題であり、全国民が真剣に考えるべきです。
そんな中、注目されているのが「リスキリング」と「同一労働同一賃金」です。リスキリングは、企業や行政が主体となって働く人々に新しい職業能力を習得させることです。これにより、技術の進化によって失われる雇用に対抗し、新たな雇用機会を創出します。また、オランダの「同一労働同一賃金」の事例は、フルタイムとパートタイムの労働者に平等な賃金と待遇を提供し、働く人々の生活の質を向上させています。
これらの取り組みは、企業と労働者の関係を改善し、経済全体の健全な発展に寄与するものです。特に中小企業においては、リスキリングの導入が人材確保や企業の成長に不可欠です。日本もこの流れに乗り遅れることなく、全ての労働者が安心して働ける社会を目指していく必要があります。
ドイツやオランダの先進事例を学ぶことは、そのスタートラインとなります。リスキリングと同一労働同一賃金を理解し、日本の未来を守るために一歩踏み出しましょう。ぜひ、本書を手に取り、私たちの社会が直面する課題とその解決策を深く知っていただきたいと思います。
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