はじめに:相場予測は不要!“ほったらかしで勝つ”オールシーズン戦略があなたの未来を守る!
「今日の市場、上がる?下がる?」「インフレはこれからどうなる?」「景気後退は来るのか?」… 投資をしていると、こんな疑問が頭をよぎらない日はないかもしれません。未来を正確に予測することなど、誰にもできません。
しかし、多くの投資家は市場のタイミングを計ろうとして失敗したり、予期せぬ暴落で大きな損失を被り、心が折れてしまったりするのが現実です 。多くの人が、直近の市場動向を未来にも当てはめようとしがちですが、現実は常に変化します 。
では、どうすればいいのでしょうか? 市場の予測に一喜一憂するのではなく、どんな未来が訪れても、どっしりと構えていられる投資法があるとしたら?
そこで登場するのが、世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツを率いる伝説的な投資家、レイ・ダリオが生み出した画期的な投資戦略、「オールウェザー戦略」、そしてそれを個人投資家向けにアレンジした「オールシーズン戦略」です。
この戦略の核心は、「市場を予測する」のではなく、「どんな経済の『天気』にも備える」という逆転の発想にあります。この考え方は、多くの投資家が抱える悩みを解決する、まさにゲームチェンジャーとなる可能性を秘めているのです。
レイ・ダリオって誰?彼の壮大なアイデアとは?「オールウェザー」哲学を読み解く
このユニークな戦略を理解するには、まずその生みの親であるレイ・ダリオという人物と、彼が率いるブリッジウォーター・アソシエイツについて知る必要があります。
レイ・ダリオとブリッジウォーター:原則に基づいた成功
レイ・ダリオは、アメリカの著名な投資家であり、世界最大級のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエイツの創業者です 。ブリッジウォーターの運用資産総額(AUM)は約1500億ドルにも達し、その成功はダリオの確固たる投資哲学に基づいています 。
彼は単なる億万長者ではなく、徹底的な歴史研究、特に経済の大きなサイクル(ビッグサイクル)の研究を通じて得られた知見を重視する思想家でもあります 。
ダリオの投資アプローチは、感情的なバイアスを排し、データに基づいた洞察と、彼が「原則(Principles)」と呼ぶ体系的な意思決定プロセスに強く依存しています 。
ブリッジウォーターは、マーケットの動向に左右されずに超過収益(アルファ)を目指す「ピュアアルファ戦略」と、経済局面を問わず安定的なパフォーマンスを目指す「オールウェザー戦略」という、二つの強力な戦略を柱として成功を収めてきました 。
「オールウェザー戦略」誕生の背景:サプライズへの備え
オールウェザー戦略の根幹には、ダリオ自身の経験に基づいた「市場のサプライズに備える」という強い動機があります。彼が若かりし頃、1971年にニクソン大統領がドルと金の兌換停止を発表(ニクソン・ショック)した際、彼はその予期せぬ出来事が市場に与える影響を目の当たりにし、「サプライズを予期すること」の重要性を学びました 。
この経験から、彼は自身の経験だけに頼るのではなく、経済という「機械」がどのように動くのかを理解しようと努めるようになったのです 。
オールウェザー戦略が正式に考案されたのは1996年のことです 。驚くべきことに、これは当初、ダリオ自身の信託資産を管理・保全するために作られました 。つまり、彼自身が「どんな経済環境でも」長期的に資産を守り、増やしていくために、本気で信頼できると考えたポートフォリオなのです。
その核となる哲学は、「特定の経済予測に依存せず、どのような経済環境(インフレ、デフレ、経済成長、経済停滞など)が訪れても、安定したリターンを生み出すこと」を目指す点にあります 。
これは、単に複数の資産に分散投資するという考え方を超え、経済環境の変化に対する各資産の値動きの「原因と結果の関係」に基づいて、ポートフォリオ全体のリスクバランスを取ろうとする、より洗練されたアプローチです 。
この戦略が生まれた背景には、ダリオ自身の資産を守りたいという個人的な必要性 、ニクソン・ショックのような歴史的な出来事から学んだ教訓 、そして経済サイクルの長期的な研究 が深く関わっています。これは単なる思いつきのアイデアではなく、数十年にわたる経験と徹底的な分析に裏打ちされた、重みのある投資哲学なのです。
「オールシーズン戦略」との関係
元祖である「オールウェザー戦略」は、機関投資家や超富裕層向けに提供され、レバレッジ(借り入れを利用して投資効果を高めること)やアクティブな運用要素を含むことがあります 。
一方、本稿で主に取り上げる「オールシーズン戦略」は、このオールウェザー戦略の考え方を基に、個人投資家がレバレッジなど高度な手法を使わずに、よりシンプルに実践できるように考案されたものです 。両者は根底の哲学を共有しつつも、具体的な運用方法において違いがある点を念頭に置くことが重要です。
どんな状況でも負けないレシピ:「オールシーズン・ポートフォリオ」の中身とその理由
では、具体的にオールシーズン・ポートフォリオはどのような「材料」(資産クラス)を、どのような「配合比率」(アセットアロケーション)で組み合わせているのでしょうか? そして、その背後にはどのような考え方があるのでしょうか?
基本の材料と配合比率:これが黄金比だ!
オールシーズン戦略で一般的に推奨される資産配分は、以下のようになっています。これは多くの情報源で共通して紹介されている、いわば「基本のレシピ」です 。
- 株式: 30% (例:米国株式 S&P 500指数連動型、または全世界株式指数連動型)
- 長期米国債: 40% (例:残存期間20年超の米国財務省証券)
- 中期米国債: 15% (例:残存期間7-10年または3-7年の米国財務省証券)
- 金(ゴールド): 7.5%
- コモディティ(商品): 7.5% (例:幅広い商品指数連動型)
なぜこの配分なのか?経済の「四季」と各資産の役割
この一見ユニークな資産配分は、レイ・ダリオが提唱する「経済の四季」という考え方に基づいています。彼は、資産価格に影響を与える主な経済環境を、期待(市場コンセンサス)との比較で以下の4つの「季節」に分類しました 。
- 経済成長が期待より高い局面(好景気・成長期)
- 経済成長が期待より低い局面(不況・停滞期)
- インフレ率が期待より高い局面(インフレ期)
- インフレ率が期待より低い局面(デフレ期)
オールシーズン戦略の狙いは、これら4つのどの季節においても、いずれかの資産が良好なパフォーマンスを発揮することで、ポートフォリオ全体として安定したリターンを維持することにあります。各資産クラスは、それぞれの得意な「季節」を持っているのです 。
- 株式 (30%): 主に経済成長が加速する局面(① 好景気)で力強い上昇が期待されます。企業の利益成長が株価を押し上げるため、ポートフォリオ全体の成長を牽引する役割を担います。
- 長期債券 (40%): 経済成長が鈍化する局面(② 不況・停滞期)や、インフレ率が低下する局面(④ デフレ期)で強みを発揮します。これらの局面では金利が低下する傾向があり、債券価格は上昇します。ポートフォリオの安定性を高める重要な役割です。
- 中期債券 (15%): 長期債券と同様に安定性に寄与しますが、長期債券よりも金利変動に対する価格感応度が低いため、金利上昇リスクをやや抑えつつ、安定したインカム(利息収入)を提供します。長期債券を補完する役割です。
- 金 (7.5%): インフレ率が上昇する局面(③ インフレ期)や、通貨の価値が下落する懸念がある時、あるいは地政学的リスクなど市場全体が不安定な状況で、「安全資産」としての価値が高まります 。
- コモディティ (7.5%): 主にインフレ率が上昇する局面(③ インフレ期)、特に物価上昇が顕著な時に価格が上昇しやすい傾向があります 。エネルギー、農産物、金属など実物資産の価値を反映します。
リスクパリティという考え方
ここで重要なのが、「リスクパリティ」という考え方です。オールシーズン戦略は、単純に投資金額を均等に配分するのではなく、各資産クラスがポートフォリオ全体のリスクに占める割合(リスク寄与度)が、おおよそ均等になるように設計されています 。
一般的に、株式は債券よりも価格変動リスク(ボラティリティ)が高い資産です。そのため、リスクの観点から見ると、株式30%が持つリスクと、債券合計55%(長期40% + 中期15%)が持つリスクが釣り合うように、債券の比率が高く設定されているのです 。
この一見すると債券に偏った配分 は、リターンを犠牲にしているわけではなく、ポートフォリオ全体のリスクを様々な経済環境に対して均等に分散させるための、意図的な設計思想に基づいています。この戦略が目指すのは、リターンの最大化ではなく、リスクの平準化なのです。
さらに、金とコモディティ(合計15%)の組み入れも重要です。これらはインフレヘッジとして機能するだけでなく 、株式や債券といった伝統的な資産クラスとの価格の連動性(相関)が低い、あるいは逆の動きをする傾向があります 。
これにより、ポートフォリオ全体の分散効果がさらに高まり、特に市場が混乱した局面での安定性を向上させる役割を果たします 。これらは、ポートフォリオ全体のバランスを整える「隠し味」のような存在と言えるでしょう。
以下の表は、オールシーズン・ポートフォリオの基本的な設計図をまとめたものです。
表1:オールシーズン・ポートフォリオの設計図
資産クラス | 推奨配分比率 (%) | 代表的な米国ETF例 | 経済の「四季」での主な役割 |
---|---|---|---|
株式 | 30% | VTI, SPY, IVV | 経済成長期(①)に上昇 |
長期米国債 | 40% | TLT | 経済停滞期(②)、デフレ期(④)に上昇、安定性の核 |
中期米国債 | 15% | IEI, IEF, VGIT | 安定したインカム提供、長期債の補完 |
金(ゴールド) | 7.5% | GLD, IAU | インフレ期(③)、市場不安時の安全資産、通貨価値下落ヘッジ |
コモディティ(商品) | 7.5% | DBC, GSG | インフレ期(③)、特に物価上昇局面で上昇、実物資産への分散投資 |
注:ETF例はあくまで代表的なものであり、投資を推奨するものではありません。
言うは易し、実績を見せて!実際、過去のパフォーマンスはどうだった?
理論は分かりましたが、実際にこの戦略は過去、どのようなパフォーマンスを上げてきたのでしょうか?他の代表的な投資戦略と比較してどうだったのか、見ていきましょう。
歴史的なリターンと注意点
オールシーズン戦略の長期的な年平均リターンについては、分析期間やデータソースによって多少のばらつきがありますが、概ね年率7%から10%弱の範囲で報告されることが多いようです 。例えば、ある分析では1996年から2020年までの平均年率は9.7% 、別のバックテストでは2005年からの年率リターン(CAGR)が7.14% とされています。
ただし、これらの数字はあくまで過去の実績であり、将来のパフォーマンスを保証するものではない点には、十分に注意が必要です 。特に、過去数十年にわたる金利低下局面は債券価格にとって追い風でしたが、今後の金利動向によっては、過去と同様のリターンを期待できない可能性も指摘されています 。
また、参照する情報源によってリターンの前提条件(分析期間、使用インデックス 、手数料考慮の有無など)が異なるため、「平均リターンX%」という数字を鵜呑みにせず、複数の情報を比較検討する姿勢が重要です。
伝統的な戦略との比較
オールシーズン戦略の真価は、他の戦略と比較することでより明確になります。
- vs S&P 500 (株式100%戦略):
- 株式市場が絶好調な、強い上昇相場においては、株式比率が30%と低いオールシーズン戦略は、S&P 500のような株式100%の戦略にリターンで劣後する傾向があります 。これは設計上、当然の結果と言えます。
- しかし、その一方で、市場が暴落する局面での下落耐性は際立っています。最大下落率(ドローダウン)はS&P 500と比較して大幅に小さくなる傾向があります 。例えば、2008年のリーマンショック(世界金融危機)時には、S&P 500が約51%下落したのに対し、オールシーズン戦略のモデルポートフォリオの下落率は約22%に留まったという分析 や、別の分析では60/40ポートフォリオの半分以下の下落率だったという報告 もあります。コロナショック時にも同様の傾向が見られました 。
- vs 60/40ポートフォリオ (株式60%, 債券40%):
- 伝統的な分散投資の代表格である60/40ポートフォリオと比較した場合、オールシーズン戦略は長期的には同等か、より安定した(ボラティリティの低い)リターンを提供することが期待されています 。
- 60/40ポートフォリオは、構成比率こそ分散されていますが、リスクの大部分(一説には90%以上 )が株式に集中しているという指摘があります 。これに対し、オールシーズン戦略はリスクパリティの考え方に基づき、より多様な資産クラス間でリスクバランスを取ることを目指しています 。
- ただし、60/40ポートフォリオも株式市場が好調な局面では、オールシーズン戦略を上回るリターンを上げる可能性があります 。
ボラティリティとシャープレシオ
オールシーズン戦略の大きな特徴の一つが、価格変動の穏やかさです。標準偏差(リターンのばらつき度合いを示す指標で、ボラティリティとも呼ばれる)は、S&P 500や60/40ポートフォリオよりも低い傾向にあります 。これは、投資期間中の価格の上下動が比較的小さく、精神的な負担が少ないことを意味します。
また、シャープレシオ(取ったリスクに見合うリターンをどれだけ得られたかを示す指標)についても、分析期間によって変動はありますが、一般的に良好な数値を示すことが多いとされています 。これは、リスクを抑えつつ効率的にリターンを獲得してきた可能性を示唆しています。
以下の表は、オールシーズン戦略と代表的なベンチマークのパフォーマンスを比較した一例です(数値は期間やデータソースにより変動します)。
表2:パフォーマンス比較の一例(概念図)
戦略 | 年平均リターン (CAGR) | 最大下落率 (Max Drawdown) | 標準偏差 (Volatility) | シャープレシオ |
---|---|---|---|---|
オールシーズン戦略 | 中程度 (例: 7-9%) | 小さい (例: -15% ~ -25%) | 低い (例: 8-10%) | 比較的高い |
S&P 500 (株式100%) | 高い (例: 10%+) | 大きい (例: -40% ~ -50%) | 高い (例: 15%+) | 変動大 |
60/40 ポートフォリオ | 中〜高 (例: 8-10%) | 中程度 (例: -30% ~ -40%) | 中程度 (例: 10-12%) | 中程度 |
注:上記数値はあくまで過去の傾向を示す概念的な例であり、特定の期間やデータソースに基づく正確な値ではありません。
この比較からわかるように、オールシーズン戦略のパフォーマンス評価は、「いつ」の期間を見るかによって大きく変わる可能性があります。例えば、S&P 500が歴史的な上昇を続けた過去10年のような期間だけを切り取ると、オールシーズン戦略のリターンは見劣りするかもしれません 。
しかし、リーマンショックのような金融危機や市場の暴落を含む、より長い期間(例えば数十年単位)で見ると、その損失抑制能力が際立ち、結果としてより安定した資産成長を示してきたという側面があります 。短期的な市場の活況に目を奪われるのではなく、様々な経済局面を乗り越える長期的な安定性にこそ、この戦略の真価があると言えるでしょう。
良い点、悪い点、そして現実:メリット・デメリットを徹底解剖
どんな投資戦略にも、光と影があります。オールシーズン戦略のメリットとデメリットを冷静に見ていきましょう。
メリット (The Good)
- 優れた分散効果: 株式、債券だけでなく、金やコモディティといった異なる値動きをする傾向のある資産を組み合わせることで、伝統的なポートフォリオよりも高い分散効果を目指します 。経済の異なる「季節」に対応できる設計です。
- ボラティリティ(価格変動リスク)の低減: ポートフォリオ全体の値動きが比較的マイルドになる傾向があり、市場の変動に対する精神的なストレスを軽減できます 。大きなドローダウン(資産価値の下落)を避けやすい設計です。
- 下落耐性の高さ: 市場が大きく下落する局面において、損失を限定的に抑える効果が期待できます 。資産を守る「守備力」の高さが特徴です。
- 予測不要の哲学: 将来の経済動向や市場のタイミングを予測する必要がありません 。どんな天候にも備えるというアプローチは、予測に疲れた投資家にとって精神的な安定をもたらします。
- 長期的な安定成長: 短期間で爆発的なリターンを狙う戦略ではありませんが、様々な市場環境を乗り越えながら、長期的に着実な資産成長を目指すことを目的としています 。
デメリット (The Bad)
- 強い上昇相場でのリターン抑制: 株式市場が非常に好調な局面では、株式への配分比率が高いポートフォリオ(例:S&P 500インデックスファンド)と比較して、リターンが見劣りする可能性が高いです 。いわゆる「イケイケ相場」の恩恵を最大限に享受することは難しいでしょう。
- 金利上昇リスク: ポートフォリオの55%を債券が占めるため、金利が急上昇する局面では、債券価格の下落を通じてポートフォリオ全体のパフォーマンスが悪化するリスクがあります 。これは、近年の低金利環境からの転換期において、特に注意が必要な点です。
- インフレリスク(限定的): 高い債券比率は、インフレ率がポートフォリオのリターンを上回る状況が続いた場合、実質的な購買力が低下するリスクもはらんでいます 。ただし、ポートフォリオに含まれる金やコモディティが、このリスクをある程度相殺するように設計されています。
- 複雑さ(と感じる可能性): 株式、長期債、中期債、金、コモディティという5つの異なる資産クラスを管理し、定期的にリバランス(配分比率の調整)を行う必要があります。全世界株式インデックスファンド1本に投資するようなシンプルな方法と比較すると、手間がかかると感じるかもしれません 。
- 元祖「オールウェザー」との違い: 個人投資家がETFなどで実践するオールシーズン戦略は、ブリッジウォーターが機関投資家向けに提供している、レバレッジなどを用いた本来の「オールウェザー戦略」とは異なります 。したがって、全く同じパフォーマンスを期待することはできません。
この戦略の最大の課題は、パフォーマンスそのものよりも、心理的な側面にあるかもしれません。特に株式市場が好調な時期に、他の投資家(例えばS&P 500に集中投資している人)のリターンと比較してしまい、「自分の選択は間違っているのではないか」と感じてしまう「隣の芝生は青い」効果です 。
この戦略を長期的に続けるためには、その哲学(安定性重視、予測不要)への深い理解と、短期的な市場のノイズや他者との比較に惑わされない強い信念が必要となるでしょう。
また、過去数十年の長期的な金利低下トレンドは、この戦略の債券部分にとって有利な環境でした 。しかし、もし今後、金利が上昇または高止まりする時代が到来すれば、戦略の前提条件が変わり、過去のバックテストで示されたようなパフォーマンスを維持できない可能性も考慮に入れる必要があります 。過去のデータを見る際には、当時の金利環境がパフォーマンスに与えた影響も踏まえて解釈することが重要です。
以下の表は、オールシーズン戦略の主なメリットとデメリットをまとめたものです。
表3:オールシーズン戦略の「光と影」
メリット | デメリット |
---|---|
・優れた分散効果(多様な資産クラス) | ・強い上昇相場でのリターン抑制 |
・ボラティリティ(価格変動リスク)の低減 | ・金利上昇局面での債券価格下落リスク |
・市場暴落時の下落耐性の高さ | ・高インフレ長期化時の実質リターン目減りリスク(限定的) |
・市場予測が不要 | ・5資産クラスの管理・リバランスの手間(相対的に) |
・長期的な安定成長への期待 | ・元祖オールウェザー戦略とは異なる(期待値調整が必要) |
・精神的な安定感を得やすい | ・心理的な課題(他者比較による焦りなど) |
もう迷わない!初心者でもできる“オールシーズン戦略”の組み立て方を完全ガイド
理論やメリット・デメリットを理解したところで、「じゃあ、実際にどうやって始めればいいの?」という疑問が湧いてくるでしょう。幸いなことに、現代ではETF(上場投資信託)を活用することで、個人投資家でも比較的簡単にオールシーズン戦略を実践できます 。
ETFを使った実践方法
ETFは、特定の株価指数や資産クラスに連動するように設計された投資信託で、証券取引所に上場しているため、株式と同じように売買できます。低コストで分散投資が実現できる、現代の投資家にとって非常に便利なツールです。
オールシーズン戦略を構成する各資産クラスに対応するETFの例(主に米国市場で取引されているもの)は以下の通りです 。
- 株式 (30%):
- VTI (バンガード・トータル・ストック・マーケットETF:米国株式市場全体)
- SPY (SPDR S&P 500 ETF) または IVV (iシェアーズ・コア S&P 500 ETF) (S&P 500指数)
- VT (バンガード・トータル・ワールド・ストックETF:全世界株式) という選択肢も考えられます。
- 長期米国債 (40%):
- TLT (iシェアーズ 米国国債 20年超 ETF)
- 中期米国債 (15%):
- IEI (iシェアーズ 米国国債 3-7年 ETF)
- IEF (iシェアーズ 米国国債 7-10年 ETF)
- VGIT (バンガード・米国中期国債 ETF)
- 金 (7.5%):
- GLD (SPDR ゴールド・シェア)
- IAU (iシェアーズ ゴールド・トラスト)
- コモディティ (7.5%):
- DBC (インベスコ DB コモディティ・インデックス・トラッキング・ファンド)
- GSG (iシェアーズ S&P GSCI コモディティ・インデックス・トラスト)
これらの米国ETFは、日本の主要なネット証券会社(SBI証券、楽天証券、マネックス証券など)を通じて、外国株式取引口座を開設すれば購入可能です。また、これらのETFと類似の投資成果を目指す日本の投資信託も存在する場合があるため、各証券会社の商品ラインナップを確認してみると良いでしょう。
リバランスの重要性と方法
ポートフォリオを組んだら、それで終わりではありません。時間の経過とともに各資産の価格が変動し、当初設定した資産配分比率からズレが生じてきます。例えば、株式市場が好調で株価が大きく上昇した場合、ポートフォリオに占める株式の割合が30%を超えてしまうことがあります。
このズレを放置すると、意図したリスクバランスが崩れてしまうため、定期的に元の配分比率に戻す作業、すなわち「リバランス」を行うことが重要です 。
- 頻度: 厳密なルールはありませんが、年に1回程度、決まった時期(例:年末や誕生日など)に行うのが一般的で、管理しやすい方法です 。あるいは、資産配分のズレが一定の範囲(例:±5%)を超えた場合に実施するというルールも考えられます。
- 方法: リバランスの方法はシンプルです 。
- 現在のポートフォリオの各資産クラスの評価額を確認し、それぞれの構成比率を計算します。
- 目標とする配分比率(株式30%、長期債40%など)と比較します。
- 目標比率よりも割合が増えている資産クラスのETFを一部売却し、目標比率よりも割合が減っている資産クラスのETFを買い増します。
- これにより、ポートフォリオ全体が目標とする配分比率に戻ります。
コストと注意点
オールシーズン戦略を実践する際には、いくつか注意すべき点があります。
- コスト: ETFには、保有している間、信託報酬(経費率, Expense Ratio)と呼ばれるコストがかかります。長期投資においては、このコストの差が最終的なリターンに影響を与えるため、できるだけ低コストのETFを選ぶことが賢明です 。
- 税金: ETFの売却によって利益が出た場合(譲渡益)や、分配金を受け取った場合には、原則として税金がかかります。日本では、NISA(少額投資非課税制度)やつみたてNISA、iDeCo(個人型確定拠出年金)といった税制優遇制度を活用することで、これらの税負担を軽減できる可能性があります。制度の利用条件や非課税枠を確認し、うまく活用することを検討しましょう。
- 為替リスク: 米国籍のETFに投資する場合、日本円と米ドルの為替レートの変動による影響を受けます。円高になれば円換算での資産価値が減少し、円安になれば増加します。この為替リスクを許容できるかどうかも考慮が必要です。
- コモディティETFの特性: コモディティETFの多くは、直接商品を保有するのではなく、商品先物市場に投資することで指数への連動を目指します 。先物には限月があり、定期的に次の限月の先物に乗り換える(ロールオーバー)必要があり、その際にコストが発生したり、市場の状況によってはリターンに影響が出たりする(コンタンゴ、バックワーデーション)可能性があります。コモディティETFに投資する際は、その仕組みや特性を理解しておくことが望ましいです。
以下の表は、オールシーズン戦略を実践するためのETFリストの例と、関連する注意点をまとめたものです。
表4:オールシーズン戦略 実践ETFリスト(例)と注意点
資産クラス | 推奨配分 (%) | 代表的な米国ETF | 代表的な東証上場ETF例(コード) | 代替となりうる日本の投信例 | 主な特徴・注意点 |
---|---|---|---|---|---|
株式 | 30% | VTI, IVV, VT | MAXIS 全世界株式 (2559) NEXT FUNDS S&P500 (2558) iシェアーズ S&P 500 (1655) | eMAXIS Slim 全世界株式など | 成長の源泉。全世界型か米国集中型か選択。低コストファンドを選ぶ。 |
長期米国債 | 40% | TLT | [ヘッジなし] <br> MAXIS 米国国債20年超 (182A) <br> グローバルX 超長期米国債 (180A) <br> [ヘッジあり] <br> iシェアーズ 米国債20年超 (2621) <br> MAXIS 米国国債20年超 (2839) | iFree 米国債20年超など | 安定性の核だが金利上昇に弱い。デュレーション(金利感応度)が高い。 |
中期米国債 | 15% | IEI, IEF, VGIT | [ヘッジなし] <br> 上場インデックスファンド米国債券 (1486) <br> NEXT FUNDS 米国国債7-10年 (2647) <br> [ヘッジあり] <br> 上場インデックスファンド米国債券 (1487) <br> NEXT FUNDS 米国国債7-10年 (2648) | iFree 米国債3-7年など | 長期債より金利変動の影響は小さい。安定インカム源。 |
金(ゴールド) | 7.5% | GLD, IAU | 純金上場信託 (1540) <br> SPDRゴールド・シェア (1326) <br> NEXT FUNDS 金価格連動型 (1328) <br> iシェアーズ ゴールド (314A) | iシェアーズ ゴールドなど | インフレヘッジ、安全資産。実物資産への分散。経費率を確認。 |
コモディティ(商品) | 7.5% | DBC, GSG | WisdomTree ブロード上場投資信託 (1684) | iシェアーズ コモディティなど | インフレヘッジ。先物運用型が多く、特有のリスク(ロールオーバーコスト等)がある場合も。経費率や指数構成を確認。 |
注:ETF・投信例は情報提供のみを目的としており、特定の金融商品を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
ETFの登場により、かつては一部の富裕層や機関投資家しかアクセスできなかった洗練された投資戦略が、一般の個人投資家にも手の届くものになりました 。これは投資の民主化とも言える大きな進歩です。しかしながら、個人がETFで再現する「オールシーズン戦略」は、ブリッジウォーターが運用する本来のレバレッジ等を用いた「オールウェザー戦略」 とは異なるものであることも理解しておく必要があります 。
手軽に実践できるメリットは大きいですが、本家と全く同じパフォーマンスや特性を期待するのではなく、あくまで「個人向けのアレンジ版」であるという認識を持つことが、適切な期待値管理に繋がります。
オール・シーズンズ戦略をやりたいけど、リバランスが面倒だなぁ
外国の証券会社で投資可能なETF「RPAR」が2019年に誕生しました。
このファンドを運営する企業の共同創業者の一人が元ブリッジウォーター社のヘッジファンドマネージャーです。
しかも、債券をレバレッジで運用しているため、本家の運用方針に近いといっても過言はないです。
オリジナルレシピを超えて:派生形、批判、そして新しい視点
オールシーズン戦略は画期的なアイデアですが、万能ではなく、様々な議論や発展形が存在します。
オールウェザー vs オールシーズン:再確認
繰り返しになりますが、ブリッジウォーターが機関投資家向けに提供する「オールウェザー戦略」は、リスクパリティの考え方を基盤としつつも、レバレッジを活用したり、よりアクティブな運用判断が加えられたりする場合があります 。一方、個人投資家向けの「オールシーズン戦略」は、その核となる哲学(経済の四季への備え、リスク分散)を、レバレッジ等を用いずにETFなどでシンプルに再現しようとするものです 。
リスクパリティという考え方の深掘り
オールシーズン戦略の根底にあるのは「リスクパリティ」というアプローチです 。これは、伝統的な資産配分(例えば、資産額で株式60%、債券40%と分ける方法)とは異なり、各資産クラスがポートフォリオ全体のリスクに対して持つ影響力(リスク寄与度)を均等にしようとする考え方です。
ボラティリティの高い資産(株式など)の配分比率を抑え、ボラティリティの低い資産(債券など)の比率を高めることで、特定の資産クラスの値動きがポートフォリオ全体に与える影響を平準化し、より安定したリターンを目指します。
一般的な批判と議論
オールシーズン戦略(およびリスクパリティ戦略全般)に対しては、いくつかの批判や疑問点も提示されています。
- 近年のパフォーマンス: 特に、テクノロジー株などが主導した近年の強い株式上昇相場において、S&P 500などの株式インデックスに対してアンダーパフォームしたことが指摘されています 。
- 金利上昇局面での脆弱性: 高い債券比率のため、金利が上昇する局面ではパフォーマンスが悪化しやすいという構造的な弱点が指摘されています 。
- 相関関係の変化: 歴史的に逆相関(または低相関)の関係にあるとされてきた株式と債券が、同時に下落する局面(例えば2022年の一部期間など)では、分散効果が期待通りに機能しないのではないか、という疑問が呈されています 。リスクパリティ戦略の前提となる過去の相関関係が、将来も維持されるとは限らないという指摘です。これは、過去のデータに基づいて構築されたモデルが、未来の未知の状況にどこまで対応できるかという、投資戦略における普遍的な課題とも言えます。
代替的な視点・派生形
オールシーズン戦略と同様の思想を持つ、あるいはそれを参考に発展した戦略も存在します。
- パーマネント・ポートフォリオ: 投資アドバイザーのハリー・ブラウンが提唱した戦略で、株式、長期国債、短期国債(または現金同等物)、金をそれぞれ25%ずつ均等に配分するという、さらにシンプルな構成です 。経済の異なる局面(成長、不況、インフレ、デフレ)にそれぞれ対応する資産を保有するという思想は、オールシーズン戦略と共通しています。
- 日本版オールシーズンズ: 日本の投資環境(低金利、円高リスクなど)を考慮し、国内株式、為替ヘッジ付きの外国株式や外国債券、J-REIT(不動産投資信託)などを組み入れた、日本向けにカスタマイズされたポートフォリオも提案されています 。
- ターゲットデートファンド (TDF): 退職目標年などに合わせて、年齢が上がるにつれて自動的にポートフォリオのリスク(株式比率など)を低減させていくタイプのバランスファンドです 。投資家のライフステージに合わせてリスクを管理するという点で、ある意味「全天候型」の資産運用を目指すものと言えます。
これらの派生形や批判の存在は、オールシーズン戦略が絶対的な完成形ではなく、市場環境の変化や新たな知見によって常に議論され、見直され、進化していくべき対象であることを示唆しています 。投資戦略を盲信するのではなく、その限界や前提条件、そして批判的な視点も理解した上で、自身の状況に合わせて考え、場合によっては調整していく姿勢が重要です。投資は、常に学び続けるプロセスなのです。
あなたも当てはまる?オールシーズン・ポートフォリオがハマる投資家の特徴とは
さて、ここまでオールシーズン戦略について詳しく見てきましたが、結局のところ、この戦略はどのような投資家に向いているのでしょうか?
こんな投資家にピッタリかも
以下のような考え方や目標を持つ投資家にとって、オールシーズン戦略は有力な選択肢となり得ます。
- リスクを抑えたい、安定志向の投資家: 大きな資産の目減りを避け、市場の変動にハラハラすることなく、精神的な平穏を保ちながら投資を続けたい人 。
- 市場のタイミングを計りたくない(または計れない)投資家: 「いつ買うべきか、いつ売るべきか」という難しい判断から解放されたい人 。市場予測に頼らないアプローチを好む人。
- 長期的な視点で資産形成をしたい投資家: 短期的なハイリターンを追うよりも、10年、20年、あるいはそれ以上の期間で、着実に資産を育て、守っていくことを重視する人 。
- 感情的な売買をしがちな投資家: 市場が急落するとパニックになって売ってしまい、後で後悔するような経験がある人。下落耐性の高さが、冷静さを保つのに役立つ可能性があります 。
- シンプルさ(ある程度)を求める投資家: 5つのETF(または投資信託)を組み合わせるだけで、世界中の多様な資産に分散投資できるという、相対的な手軽さを評価する人 。
ちょっと考えた方がいいかも…な投資家
一方で、以下のようなタイプの投資家には、オールシーズン戦略は最適ではないかもしれません。
- 最大限のリターンを追求したい、リスク許容度の高い投資家: 市場の上昇局面の恩恵を最大限に享受し、高いリターンを目指したい積極的な投資家。
- 投資期間が比較的短い投資家: 数年程度の期間で、市場の波に乗って利益を出すことを目指す投資家。
- 特定の市場やセクターに対する強い予測を持っている投資家: 自身の相場観に基づいて、アクティブに銘柄選択や売買タイミングを判断したい投資家。
- 究極のシンプルさを求める投資家: 全世界株式インデックスファンド1本など、管理の手間を最小限に抑えたいミニマリスト志向の投資家。
最終的にはあなた次第!
結局のところ、最適な投資戦略は、個々の投資家のリスク許容度、投資目標、投資期間、そして性格や価値観によって異なります。オールシーズン戦略が持つメリット(安定性、分散効果、予測不要)とデメリット(上昇局面でのリターン抑制、金利リスク)を天秤にかけ、自身の状況や考え方に合っているかどうかを慎重に判断することが重要です。
特に、この戦略が合うかどうかは、単なるリスク許容度だけでなく、投資家の「心理的な特性」にも大きく左右される点を見逃せません。損失を極端に嫌う傾向(損失回避性)が強い人、市場の短期的な変動に一喜一憂しやすい人、あるいは他人の投資成果と比較して焦りを感じやすい人にとっては、この戦略がもたらす相対的な安定性が、長期的に投資を続ける上での大きな支えとなる可能性があります 。最適な戦略とは、理論上のリターンが高いだけでなく、その投資家自身が納得し、安心して「続けられる」戦略でもあるのです。
最後に:私が伝える、オールシーズン・ポートフォリオの価値とは
オールシーズン戦略は、レイ・ダリオという稀代の投資家が、歴史と経済への深い洞察に基づき、市場の予測に頼らずにあらゆる経済環境を乗り切ることを目指して生み出した、非常に知的で洗練されたアプローチです。特に、長期的な視点で資産を守りながら着実に増やしていきたいと考える投資家、市場の変動に心を乱されたくないと願う投資家にとって、非常に魅力的で、検討に値する戦略であることは間違いありません。
ただし、繰り返しになりますが、どんな投資戦略も万能薬ではありません。株式市場が絶好調の時にはリターンが見劣りする可能性や、金利上昇局面での潜在的なリスクなど、この戦略が持つ固有の特性や限界も十分に理解しておく必要があります。
このレポートが、オールシーズン戦略に対する理解を深める一助となれば幸いです。もし興味を持たれたなら、まずはご自身のポートフォリオの一部で、少額から試してみるというのも一つの方法かもしれません。最も大切なのは、情報を鵜呑みにするのではなく、自分自身で学び、考え、そして最終的には納得のいく投資判断を下すことです。
皆さんの資産形成の旅が、より豊かで、より安心できるものになることを心から願っています。これからも、その一助となるような、分かりやすく、実践的な情報を発信し続けていきます!
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